本郷のまちの記憶を継ぐ鳳明館本館/本郷のキオクを語り聞く会2017

震災や戦災をくぐりぬけた建物が多く残る文京区本郷。しかし1つ消え、2つ消え……とするうちに、まちの記憶も失われていく。2年前に老舗銭湯の菊水湯が廃業、解体されたことがきっかけで立ち上がった学生や建築家のグループが9月、「本郷のキオクを語り聞く会2017」を、老舗旅館、鳳明館本館で開いた。本郷はかつて、東京有数の旅館街で、数百軒の下宿屋や旅館があったというが、今残っているのは数軒のみ。数々の苦境を乗り越えて今も踏ん張っている鳳明館を見学し、経営者の小池邦夫さんの話をうかがった。

鳳明館は明治時代に建てられた建物を利用し、下宿屋や旅館業を営んできた。2000年に登録有形文化財に指定されている。各部屋は意匠をこらし、「末広」「ゑびす」などの名前がついている。敗戦時、全権大使として降伏文書に署名した重光葵が下宿していたという部屋や、アニメ「ラブライブ!サンシャイン」の主人公たちが上京して泊まったとして描かれている部屋などもある。

「末広」
「ゑびす」
「ゑびす」の床柱

小池さんによると、本郷は東京大学があり、官公庁がひしめく霞が関に出やすいことから、まかない付きの下宿屋が往時は300軒ほどあったという。小池さんの曽祖父は岐阜県の人で、先に本郷の朝陽館(2016年廃業)で成功した親戚を頼って上京してきたという。本郷の旅館街の経営者はほとんどが岐阜県出身者だそうだ。「1人成功すると親戚筋がみんな出てきた。ダムに沈んだ村からとか、うちみたいに県南で木曽川、長良川、揖斐川に囲まれた低湿地から出てきた人もいる。だから地味で堅実な人が多い」という。

小池邦夫さん

最初は白山通りから少し入ったところで2階建ての下宿屋を始めたそうだ。「300円の借金をして返しましたと、この門外不出の帳簿に書いてあります」と小池さん。ところが関東大震災で下宿屋はつぶれ、一帯は焼けてしまった。坂の上の本郷地区はどこも崩れていないことから、現在の鳳明館の建物を購入したという。

何もかも失い、借金をしての再出発。「不死鳥(鳳凰)のごとくよみがえる」という意志を込めて「鳳」の字は決まり、当初「鳳鳴」にしようとしたら、ある人に「商売人はどんなときにも泣いちゃいけない」と言われて「鳳明館」になったという。

下宿屋の鳳明館は成功し、岐阜から親類縁者が上京し、近辺にはさらに下宿・旅館が増えた。

下宿者はインテリが多かったという。「毎日新聞の記者もいてね。終戦前、大蔵省と軍需省が宿舎として接収したいと言ってきたので相談したら、『この戦争は負ける。軍ならすぐ出て行くから自由にできる』と言われ、軍需省に貸した。そうしたら本当に終戦の翌朝8月16日に誰もいなくなって、商売を再開できた」。戦後の復興期は霞が関への陳情団が地方からたくさん出てきたので、昭和20年代はもうかったそうだ。

昭和21年に旅館業法ができてからは、旅館として営業。軍人や遺族会がお得意さんだった。昭和30年代からは修学旅行や受験生の学生受け入れが始まった。「みやげを外に買いに行かなくて済むように、売店があることと、風呂が2つあることが、修学旅行受け入れの条件だった」。学校が荒れた時代は他の旅館に殴り込みに行く生徒もおり、ガードマンを雇った時代もあったとか。

今も売店は健在だが、並べてある商品が懐かしさを感じさせる。タワーの置物はスカイツリーではなく本家本元の東京タワー(450円~)のみ。菊の紋章入りのメジャーホルダー(1,160円)は見る人が見れば貴重なのかも。「菊の花びらを数えてごらんなさい。15枚か17枚のはず。16枚だと宮内庁でしか販売できないんで」と小池さんが笑いながら説明してくれた。

旅館業は安定しているようで、していない商売だという。東京オリンピックのとき、修学旅行生が2年生も3年生も、2学年同時に来た。てんてこ舞いで大繁盛したが、翌年は閑古鳥。「前の年に修学旅行を前倒しで行っちゃってるからね」。阪神淡路大震災や、オウム真理教事件など、天災や事件の影響でキャンセルが相次ぐのは当たり前。「昭和天皇崩御のときは、数時間で年間売り上げの何%かがおじゃんになりました」

最近増えているのは外国人だが、絞り込みはしない。「2002年に中国から広がったSARSや2011年の東日本大震災ですさまじいキャンセルを経験した。1年間は戻らない。外国人だけにシフトしちゃぁだめです」

少子化で修学旅行は先細り、多くはホテルに流れてしまった。「敷布団でなく座布団で稼ぐ」と、社員旅行や宴会、忘年会に力を入れたが、近年は若い社員の宴会離れが進み、伸び悩んでいる。「厳しいですよ」と小池さん。

菊水湯も朝陽館も、きれいごとでは立ち行かず、廃業した。鳳明館も安泰ではなさそうだ。企画したグループの一員である文京建築会ユースは「ぜひ、泊まってください」と呼びかけている。(敬)