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人間の世と妖怪の世を繋ぐ扉が開く/「妖怪の宿」鳳明館 森川別館

本郷の老舗旅館「鳳明館 森川別館」で、7月から毎月第1日曜日、「妖怪の宿」というイベントが始まった。友人から「すごく面白いらしい」と聞いた。8月は、以前紹介したヘブンアーティスト、眞野トウヨウさんも出没(!)するという(記事はこちら)。イベントは、名前もあやしげな「妖店百貨展」の主催だという。

日曜日、開始の16時をめざし、路地を歩いて「妖怪の宿」を訪れた。敷居をまたいで中に入ると木造の建物らしくひんやりと気持ちが良い、座敷童子が挨拶をするでもなく、静かに立っている。居心地のよさを感じる。そうだ、受付で「ツチミカド護符シール」をもらっていたので、仲間と認識されたのだな。

まず、手に入れた妖怪通貨<霊(りょう)※人間界のお金は通用しない>で、「鳥獣戯ガフェバー」でサイダーを買い、広間でくつろぐ。館内イベント、<妖怪柄の御朱印長つくり><武書道室の扇子つくり>などのワークショップが面白そうだが、またの機会に参加することにし、ひと息入れた後、1階の「妖怪賭場」へ。廊下も階段もいろいろな妖怪がゆっくりと行き来する。

あくまでも賭場体験。妖怪通貨で体験料を支払う。前半は花札「こいこい」賭場。懐かしくてつい参加。迎え打つのは、桐、松、桜の二十点札、花札三光の妖怪だ。5回勝つと景品がもらえるのだが、1回勝ったところでやめた。すごいツキで五光の手、下り坂を見たくない心理だったかも。

後半は「丁半賭場」。綺麗な妖怪のおあねぇさんが、片肌脱いで壺を振る。「よござんすか?入ります」「はったはった~丁か半かっ」「はい、よろしいですか?勝負!」壺が開くと、「ぞろ目の丁!」「○○の半」などと結果が叫ばれる。三回勝負だ。不思議なのだがどの場にも三回とも勝つ、ツイている人が必ずいる。

館内のイベントは、毎月内容が変わるそうだ。

広間では、糸あやつり人形の小さな獅子舞が演じられた。人形を思うがままに操る「妖怪傀儡坊(ようかいくぐつぼう=眞野トウヨウさん)」によるものだ。まるで本物の獅子舞のような動き、演じ終わると、毛卍文(けまんもん ※獅子の体の布の文様)の布から、獅子頭をかぶって踊っていた人形2体が顔を出すという仕組みで細かいところまで面白い。

宿の女将、大曽根美代子さんからお話を伺った。

鳳明館は本館、台町別館、森川別館と、3つの旅館があり、本館は国の登録有形文化財となっている。「ここ森川別館は、旅館らしい趣のある前庭、団体旅館として作られた開放的な廊下、古代ローマをモザイクタイルで描いたローマ風呂、河童の飾り桟などの伝統的日本建築に加えて、昭和レトロのしつらえなどが特徴です」。持ち前の気さくさで女将が語る。(鳳明館については過去記事でも解説)

「森川別館は本館や台町別館に比べると、雑誌などで紹介される機会が少なく知名度は低い。とはいえ、本郷の旅館は年々減り、残っているのは数軒で、鳳明館 森川別館はその一つ。数少ない伝統旅館でありながら、多くの方に利用していただけない現状を歯がゆく思い、状況の改善を模索しています」と続ける。改善策の一つとして、「旅館=宿泊という固定観念を破り、リーズナブルに気楽に楽しめるデイユースという形で、同じ趣味の方が集まってイベントを開くというような利用法を提案している」という。

さらに今取り組んでいるのは、地元との繋がりを強くすることだ。宿泊施設というビジネスゆえ、国内でも遠方か、外国客に重きを置いていたが、同級生のアドバイスから、地域の方々との繋がりの重要性に気が付いたそうだ。地域の人が気軽に利用できる方法として、施設スペースを提供したり、デイユースで楽しんでもらったりしている。社長の小池邦夫さんも、「本郷に住んでよかったと思っていただいたり、お互いに顔見知りになったり。誰が何処に住んでいるか知っているような地域が災害時には一番強い」と強調する。

「妖怪の宿」については、「妖怪という新しいコンテンツで、鳳明館 森川別館の知名度の向上という期待はもちろんありましたが、それがメインではありません」と大曽根さん。「イベントを作っている『妖店百貨展』がめざすものと、森川別館がめざしていることに共通点があるのです」。共通点とは、「訪れるみなさんにくつろいでいただきたいということ、旅館を通して日本の伝統や風習をお伝えすること」だという。河童の桟など、遊び心あふれるしつらえが、ユーモアたっぷりの妖怪キャラクターと重なっているのもおもしろい。「妖怪の宿」の日は、「ユーモラスな妖怪のみなさまのおかげで、日常から離れた楽しい時間を過ごしている」そうだ。

「妖怪の宿」を主催する海津智子さんは、「訪れる人に、新しい切り口で日本の伝統、風習に興味をもっていただく機会をつくれれば」と考えている。

海津さんは、台東区谷中と文京区千駄木の間にある「よみせ通り商栄会」の青年部に所属。商店街で雑貨屋を営んでいた。商店街イベントは地元の方に向けたものが多かったため、もっと多くの方に興味をもってもらえるようなイベントをと、「妖店(ようみせ)通り商店街」をスタートさせた。

なぜ妖怪か。妖怪モチーフの作品を作る作家さんの一言だった。「谷中で妖怪イベントがあったら、知り合いの妖怪作家に声をかけて参加しますよ」

「考えてみれば、谷中には谷中霊園があり、全生庵では幽霊画が公開される。よみせ通り界隈を調べていると、妖怪や怪談に結びつく面白いエピソードがたくさんあった」と海津さんはいう。また、「よみせ通りは台東区と文京区の区界にある商店街。妖怪は境界を好むと言われている」のだという。「よみせ通りが妖怪の商店街になるというのはもはや決まったも同然」と微笑む。それ以降、妖怪の持つ魅力を見つけ、奥深さを感じ、商店街だけでなく、主に東東京を中心として、「妖式会社妖店百貨展」という屋号で妖怪イベントを開催するようになった。

海津さんは言う。「我々は妖怪であり、人間に紛れながら世知辛い人間の世で生活している。人間の皮を脱いで楽しんでほしい。それが当妖怪イベントの考え方のベースになっています。妖怪という別世界から人間の世を見ることで、自然と余裕ができ、客観的な視線を持つことができるのではないでしょうか。会社に行く足を重たくする嫌な上司も、滑稽でちっぽけな人間にしか見えなくなったり、海外の方に『妖怪』について伝えようと思うとかなり難しく、日本の中でも捉え方が分かれるところがたくさんありますが、このミステリアスでユーモラスな『妖怪』は、今後『忍者』と同じくらい日本を代表するコンテンツのひとつになっていくと思います」

海津さんは旅行会社に勤務していたので、鳳明館のことは知っていて、「月に1度の妖怪イベントの拠点として、この素敵な旅館で、「妖怪」の切り口で、訪れる人たちがくつろげて日本の伝統、風習を伝えられる『妖怪の宿』をやりたい」と考えたという。しかし老舗旅館は敷居が高そうで、「おそるおそる」小池さんに話をしたそうだ。それが、みごと旅館側の思いと重なり、今年、2018年7月から「妖怪の宿」は始まった。「1年後には軌道にのせる」と海津さんは言い切る。

閉館間際、若い父親らしき男性が、「近所のものなんですが、『妖怪の宿』のことをもっと教えてほしい」と海津さんに話しかけていた。関心は高いようだ。軌道にのることは間違いないと思った。(稲葉洋子)


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