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田畑のある一軒家を改装しオープンスペースに/目白台のちんじゅの森サロン「ほぐほぐ」

目白台の住宅街の合間にひっそりとたたずむ一軒家。なにやら農作業をしているようだ。なんと、千歯こきで脱穀している。畑と小さな田んぼもある。文京区内の田んぼは後楽園にしかないと思っていたけれど、ここにもあった。

ちんじゅの森サロン「ほぐほぐ」。さまざまな「つくる」を通して、自然と一体で暮らしてきた先人の知恵を学び、循環型社会や新たなコミュニティーを形成することをめざして、NPO法人ちんじゅの森が運営している。代表の森村衣美さんは「稲の育ちを見守ること、季節の野菜を育てること、それらを食べること、季節の手仕事や年中行事を体感することを通して、これからの暮らしを考えるきっかけとなる活動をしていきたい」と話している。

この日は「脱穀・籾摺り・精米体験」の日で、区内外から親子らが集まった。千歯こきは新潟県村上市高根の方々からいただいたもので、稲はほぐほぐの田んぼで収穫したもの。文字通りの千歯の歯の間に稲を入れて引くとパラパラともみがこぼれる。「昔の人にとっては画期的な農具だったんでしょうね」。

もみすりは、すり鉢に入れたもみをボールでぐるぐる混ぜてする。こうするともみが取れて玄米になる。取れたもみはうちわやサーキュレーターで吹き飛ばした。ふーっと口でふいてもいいのだが、顔にもみをまともに浴び、目に入って大泣きする子も。

精米はビンの中に入れて棒で突く方法があるが、相当な時間がかかるそうだ。とりあえず、一握りでも、稲から玄米にできただけで参加者は満足そうだった。

作業が一段落したあとは「ごはん」の著書がある辻川牧子さんのお話があった。「茶碗一杯にごはん粒はいくつあると思いますか」。答えは3323粒。大きなコメだと2000粒ぐらいだという。辻川さん自身が数えたそうだ。「コメ一粒が育ったらどうなるか、どんな数のコメ粒を生み出すか、考えてみてくださいね」。

ちんじゅの森は、明治神宮の森が造成80周年を迎えた2000年、明治神宮の森でチャリティコンサートを開いたことをきっかけに中尾伊早子さんが設立したNPO法人。伊勢神宮式年遷宮に関するシンポジウム事務局の仕事をし、遷宮が持続可能な循環型社会の精神を体現していることに感銘をうけ、自然と共生してきた日本人の知恵を多くの人に伝えたいと考えたことが活動の発端となっている。コンサートや民話語り公演、フォーラムなどを開催し、全国各地とのつながりを築いてきた。

発足20周年の節目となった2019年、前代表から森村さんが2代目代表を引き継ぎ、目白台に事務所を置くことになった。それがちんじゅの森サロン「ほぐほぐ」だ。この田畑は千代田区にある東京大神宮のお供え物を作る田畑で、同敷地内の築70年の古い家を人が集える空間に改装したスペースを、ちんじゅの森が運営している。

これまでに、ほぐほぐで育てた藍で生葉染めや、梅干しづくり、干し柿づくり、新米の収穫のお祝いや注連縄づくり、餅つき、映画「人生フルーツ」上映会などもやってきた。ご近所の日本女子大の学生に手伝っていただくことも多い。今年の干し柿づくりは、鳥取県八頭町の柿農園とオンラインでつないで実施した。ちんじゅの森の理事のメンバーを通して、八頭町の渋柿を購入している。これまでの20年の活動実績から、地方とのネットワークや人脈があるため、多彩な活動につながっている。

自身は高度経済成長以降に育ち、食べることには事欠かず、なんの不満も不自由もなく大人になったが、漠然とした不安とともに「命の確かさ」みたいなものへの飢えを感じてきたという。ちんじゅの森には何か確かなものがありそうな気がして、活動に参加し時間を重ねる中で、伝統文化も、今ある自然も、私たちの命も、これらを今につないできたのは「人」だとわかった。また、人の命の営みは、恵みを与えてくれる自然への畏怖や感謝とともに、死者や未来の人をも含む他者を想う気持ち、愛情によってこそ、いにしえより今日まで紡がれてきたのではないかと痛感した時、社会とは自分たち自身のこと、一人ひとりの想いで成り立っていて、その想いのやりとりに命や心の豊かさがあるのかもしれないと思うようになったそうだ。

年長の理事から受け取った「『わずらわしさ』と『ありがたさ』のはざま=こころ、の位置」が自身の活動の原動力。『わずらわしさ』を取り除こうと努力した結果、『ありがたさ』も失われたのが現代。「わずらわしいから切ってきた」ことをもう一度つないでいきたい。それをつなぐのは、こころ。まずは、田んぼと畑のある場所で、土と太陽と水そして作物の実りから、自然の恵みを得て命がつながっていくことを身体で思い出し、自然の移り変わりに合わせて私たちの暮らしがあることを感じる機会をつくっていきたいと話す。

「ワークショップは考えるきっかけです。目の前の食べ物がどんな背景や物語をもっているのか。そのつながりに思いを寄せるひと時になれば」と森村さん。コロナ禍で制約が多いが、少しずつ場づくりをしていきたいという。

ちんじゅの森サロン「ほぐほぐ」(文京区目白台1-22-2)


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