文の京の生き字引、鳥井孝次さん/「ギャラリー愚怜」、地域誌「空」編集長/亡き妻の命日まで個展

「画廊でもやったら?うちではパーティーができないけど画廊ならできる。寝泊りもできるでしょう」。亡き妻の言葉が、鳥井孝次(たかつぐ)さん(65)の胸に思い浮かんだ。25年前、ふいにできた空き時間に、不動産屋の案内で東大赤門前の古い木造の家を見学したときのことだ。すぐそこを画廊にしようと思った。

 

「ギャラリー愚怜(ぐれい)」の経営者。かつ、知る人ぞ知る無料配布の地域誌「空(KUU)」の編集長。茗荷谷にデザイン事務所を構える。区内在住ではないが、「生き字引」と評する人もいるぐらい、文京区内の要所、要人に詳しい。

空

 

イラストレーターとして出発、20代はデザインの仕事をもらいに、共同印刷に足しげく通った。26歳で「絵描きになる」と思い立ち、函館で1年間、絵描き修業。だが妻が体を壊したため帰京した。

ぜんそく持ちだった妻は、10歳の息子を残し、鳥井さんが34歳のとき、亡くなった。

「無常、ですね」。息子との接点がなかったので、2人で琵琶を習い始めた。おかげで息子は20歳で名取になるほどの腕前に。

 

「東京には空がないから。空(くう)。あると思うな、何もないんだよ人生は」

地域誌「空」は、本郷の書店主の提案を受けて8年ほど前から発行を始めた。店を訪ね、広告を取り、デザインや取材も手がける。執筆者も1人、2人と増えた。まちの歴史にも詳しくなった。

 

(黒い服に色付き眼鏡でよく街角に現れる鳥井さん)

5年ほど前、体調を崩したため、野菜中心の食生活にし、酒もやめた。昨年ごろから体調が回復し、しばらく途切れていた創作意欲がわき出した。いま、5年ぶりの個展を、自らの画廊で開いている。

 

黒い引き戸を開けると、落ち着いた空気が流れる。木の床に木の椅子、黒い仙台箪笥。段ボール紙にアクリル絵の具で描いた「蓮」や「女」が壁面に並ぶ。「蓮は1億年前からある古い植物なんです。泥水の中からきれいな花を咲かせる」

妻を知る古い友は「女」シリーズの絵を「奥さんに似ている」と評すという。「そんなつもりはないんですがね」。個展は2月18日まで。その日が妻の命日だそうだ。

(敬)