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地域誌「空(KUU)」15年の歴史に幕/発行人の鳥井孝次さん悼み全号展示企画

小石川、本郷、白山エリアのお店や会社などに無料配布されてきた地域誌「空(KUU)」の第93号(2021年7月号)がこのほど刊行された。全32ページで、寄稿を中心に文京区のふるさと再発見や町名紹介、イベントやギャラリーガイドといった情報のほか、花やペット紹介コーナーもある。「どうやったらこのコーナーに出られるんですか、という問い合わせも多いんですよ」と、編集担当の網野文子さんは言う。執筆したい、という申し出も多いという。

しかし今回が最終号となった。発行人の鳥井孝次(たかつぐ)さんが7月21日に亡くなったからだ。2006年3月の創刊号から15年。地域の人に愛され、読まれてきた「空」は、その歴史に幕を閉じることになった。JIBUN編集部では鳥井さんを悼み、21日、22日に向丘のRural Coffeeで、「文京まちたいわサマーフェス2021」の一環として開かれる文京の紙の地域情報誌展に「空」全号を展示する。

2015年に取材した当時の鳥井さん

鳥井さんは小石川5丁目でデザイン事務所グレイを営みつつ、1990年8月~2019年12月まで、本郷の東大赤門前で画廊「ギャラリー愚怜」も開いていた。地域誌「空」は、本郷の書店主の提案を受けて始めたと、過去の取材では話していた。名前については、「東京には空がないから。空(くう)。あると思うな、何もないんだよ人生は」と語っていた(JIBUN過去記事参照)。

2006年3月の創刊号は全20ページ。表紙に、ギャラリー愚怜で個展を開いた方の作品を使うのはずっと変わらない。創刊当時寄稿はほとんどなく、区内の坂を紹介する「文京・坂の話」や花のコラム、そして鳥井さん自らがイラストも描いて執筆した「一人暮らしの台所」など、「空」の定番記事が最初から登場している。早くに妻を亡くした鳥井さんは、創刊号の「一人暮らしの台所」に「料理らしい料理をやったことはないけれど、長年、子育てをしながらやってきたことが、この齢(還暦に近い)になって役立つことがままある」と記している。

広告も創刊号で十数か所から取っている。「デザインの仕事で共同印刷やチャイルド本社、エイト印刷といった会社とおつきあいがあったし、ギャラリーを営んでいたから人脈も広かったですし」と網野さんは話す。広告主のお店や事業所に「空」を置いてもらい、少しでも広告主の利益につながればと意図してきた。しかし、「買い物ではなくて『空』を取りにみえるお客さんが多いんですよ、という話をあちこちで聞きました」と網野さんは笑う。「それでも、長年にわたり変わらぬお付き合いをしてくださった広告主さんには感謝しかありません」

刷り上がると、鳥井さん自らが自転車をこいで、60か所~多いときは80か所ぐらいに配布していたという。中には個人で読みたいという人もおり、そこにも一軒一軒配布。3日間ぐらいかかっていた。黒い服を着て、坊主頭にサングラス姿で自転車に乗り、小石川近辺で見かけることも多かった。

鳥井さんの事務所の近所に住んでいた建築士の織田(おりた)ゆりかさんは、2012年から6年ほど、区内の資源を掘り起こして切り取る「文京グラフィックス」という連載記事の執筆にかかわった。「事務所に遊びに行くとお茶を出してくれたり、鳥井さんにはよくしてもらいました」と振り返る。スポンサー探しに苦労していた鳥井さんに相談され、不動産会社や飲食店を紹介して広告につなげたこともあったという。

織田さん(左)と石井さん

記事につける写真を多く担当した区内在住の建築家石井渉さんは「締め切り当日、出勤前に写真を撮りに行ったこともあったねぇ」と懐かしむ。それぞれ本業の仕事をやりつつの取材や執筆だったため、「2か月でも大変で。いつも締め切りに追われていました。編集部にはご迷惑をおかけしてばかりで」と口をそろえる。「とはいえ、締め切りがつくったクリエーティブもあった」と織田さん。「『空』というメディアがなければ生まれなかったコンテンツもある。そういう場を作っていただいた鳥井さんに感謝しています」

鳥井さんは事務所のソファーに座り、大きなテーブルで仕事をすることが多かったという

網野さんによれば、鳥井さんは「空」について「自分の集大成だ」と言っていたそうだ。隔月刊だが、15年間、一度も欠かしたことがなかった。2020年春に病に倒れ、同秋に再入院してからは網野さんが鳥井さんに代わって自社記事の執筆や配達を担った。第93号を発刊し、第94号も半分ぐらいできかけていたが、鳥井さんが帰らぬ人となったため、発刊は取りやめに。事務所も8月いっぱいで閉めることになった。「寄稿者の方、そして読者の方々があっての『空』でした。今まで支えていただき、ありがとうございました」

惜しむ声は次々寄せられている。鳥井さんと昨夏会い、「空」の読者でもあった「ご近所 茗荷谷界隈」の稲富滋さんも記事で追悼している。JIBUN編集部は、「空」を文京区の地域資産と考え、創刊号から第93号まで、保管用として取ってあった全号を譲り受けた。8月21日、22日10時~16時、向丘のRural Coffeeで全号を展示する。毎年2回開かれてきた「文京まちたいわサマーフェス」の一環で、文京区の紙の地域情報誌を並べてみようという企画。「空」を展示することで、鳥井さんを悼み、功績を称えたい。(敬)


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