芸工展2017がスタートした10月の初旬、「コムソーコヤ」を訪れた。三崎坂の途中、谷中小の向かいの道を入り、さらに砂利道の路地の奥に「コムソーコヤ」はある。芸工展が始まる前はカフェを開いたり、会期中は絵画展の会場になったりしている。
私は2年前に尺八作りのワークショップに参加したことがあった。尺八は「首振り三年」といわれるが、「そんなことはありません、ちゃんと作れば、だれでも鳴るものです。」と、講師の慈航(じこう)さんに言われ、作ったあと、ご指導の通りにおそるおそる鳴らしてみたら、ぴいぃぃと高い音で鳴って感激したのを覚えている。
だが吹き方が悪いのだろう、その後1人で吹いてみたら音は鳴らず、今では家でアクセサリーとして活躍している。教えてくださった慈航さんにはあまり言えない。
慈航さんは芸工展の実行委員でもある。お会いして取材をお願いした。ご快諾いただいてから、まだ日があると思いのんびりしていたら、なんと沖縄に行かれて、2月まで戻られないとのこと。取材はメールでのやりとりとなった。
――どんな活動をしていますか。
冬に竹を採って、100日くらい寝かして作る。作った竹で稽古をする。自分だけじゃなく、作ることから始めて演奏していくことを希望される方は、巻き込んでいく。週に1回はまちを吹いて歩く。外で歩きながら吹いて、どこまで音が出るのか確かめます。室内で吹くのとは大分違います。俯瞰できるという感じです。
座禅の一種として尺八というものがあって、吹禅というのだそうです。それは、恥ずかしさに浸る修行として吹いて歩くのだと理解しています。基本的には、自分の作品の竹をずっと作りつつ、ワークショップやレッスンもするというスタンスです。その作品も作ったらどんどんさばく。
芸工展にも参加していますが、谷中やその周辺地域の知る人ぞ知るレアなお祭りになりました。会期を変えたら、際立つと思います。10月は他のイベントやおまつりが目白押しで、「すっちゃかめっちゃか」です。
――竹って尺八のことですか。
竹(もしくは籟管<らいかん>)と呼んでいます。尺八と括ってしまうと、現代尺八のイメージがありますので。「コムソーコヤ」で作っているものは、もっとシンプルで、すぐにだれにでも作れて、音律もいい加減で、音楽家の方には向かない、認められないかもと思います。音域も狭いですから、優位性から区別しているのではもちろんないです。立派な演奏家や、琴古流や都山流の諸先輩の方たちに、叱られないようにする保険からとも言えます。

――どのような曲を演奏されるのですか。
演奏というか、吹いているものは、古典の本曲と呼ばれる、虚無僧が吹いていたとされる、お寺に伝わった曲です。短いもので3分くらい。長くなると15分くらいの曲もあります。
尺八を始めたのは、芸工展を手伝って2~3年の頃、今から15年以上前に、「コムソーコヤ」の主人であるデウさんが芸工展に参加されて、尺八を渡されて、全く音がでなかった…それがきっかけです。音地(谷中の貸しはらっぱ)で、デウさんとデウさんの師である清水先生が、吹いているのを聴いて衝撃を受けた記憶があります。

――「コムソーコヤ」のことを教えてください。
「コムソーコヤ」には、5年ほど前に、デウさんが住みだして、本格的に尺八だけで活動してみよう、ということで、始めてみました。私は、芸工展の方も活動していたので、この小屋も上手くコミュニティスペースとしても使えたらいいなぁと思っていました。
たくさんの切り出したままの竹、作りかけの笛、壁にさげられた尺八が古い家屋にマッチして、いい雰囲気を醸し出しているし、玄関から表へ出た空き地も、ありのままの自然の中で、竹を切ったり、演奏したりというのどかな景色が広がっています。古さを誇張するような、わざとらしいものは何もなく、都会ではなかなかみられない場所だと思っています。
――慈航さんという竹名(竹の道でのお名前)の由来はなんですか。
慈航という名前については、特になんでもよかったのです。デウさんは本名は土屋さんとおっしゃるのですが、竹名のデウは、日本人には、は?何?というふうで、はい、わかりましたと、スムーズにいったためしはほとんどなくて。なんでこんな覚えにくい、言いづらい名前にしたのかなぁと思っていましたが、キリシタン用語では、これに“-s”を付けてデウス、天帝、天守、神という意味があると聞きました。もっとも本人は、一切そのことは教えてくれませんでした。
それで僕も小屋で、あたりを見渡しまして。慈光と書かれた掛け軸があって。また、自宅には台所の照明に、障子紙に刷られた「慈航観音菩薩」と書かれていた棟方志功さんの版画があり、それを観て、これだなと。安易です。
――イラストも描かれますよね。どちらが本職ですか?
イラストは好きです。芸工展では「かたつむり君」(芸工展のゆるキャラ)など、たくさん描く機会を与えて頂いて、楽しかったです。
本職といったら、美容師かもしれない。資格があるから。今は、小屋でデウさんや、仲間の髪や、家人の髪を切るくらいです。予約随時募集中ですよ~。
――なぜ沖縄に?
「3・11」の時から、東京から出て移住したい、みたいなのは、ずっと希望にありました。尺八作りや、吹くことに関しても、何処にいてもできるんじゃないかと、実践的に沖縄に住んでみようと、試みているところです。家から歩いて数分のところにビーチがあります。そこで竹を吹いて練習していますが、海は思い切り南国の雰囲気なので、最初はめちゃくちゃ違和感がありました。でも、気にせず思い切り吹いています。毎日1時間ほど吹いています。今の時期、せせこましくて寒い東京の路地裏から、どかーんと広くて生暖かい水平線を眺めて吹く竹は、かなり違いがあります。帰ってから稽古するときの、化学反応が楽しみです。
――籟管の面白さって?
意味がないというところです。息を吐くというのは…特に集中して吐くという行為は、浄化作用、気を吐く、邪気払いの意味合いがあります。すっきりリセットできます。ここまでくると、美容師の髪を切るとか、過去を断ち切るという行為も、同じことと結び付けられると思います。
これからの人生は、風まかせと思っています。竹を作って吹いて、いちいちリセットして、毎日、今を生きていけたら良いなぁと思います。両親には航と名前を付けていただいたので、信号でなくて海をわたる様におっきく動いていきたいです。(稲葉洋子)
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