「移動式子ども基地」で道を遊び場に!NPO法人コドモ・ワカモノまちing代表星野諭さん

 「アソビを出前中」の看板。路上で子どもたちが思い思いの遊びにふける。かつて、日本中どこでも見られた光景が、文京区根津の藍染大通りに復活した。月1回の「藍染こども広場」だ。木っぱや松ぼっくりといった自然素材、ベーコマやメンコなどの昔遊びの道具、手作り楽器などを載せたトラックがやってくる。「移動式子ども基地」というこの取り組みを担うNPO法人「コドモ・ワカモノまちing」代表の星野諭さんは「『道』は、赤ちゃんからお年寄りまで交流できる遊び場。『道』での遊びをもっと復活させたい」と話す。
巨大なビー玉ころがしも
 藍染大通りは根津神社の表参道で、不忍通りから谷中に至る150メートルほどの道だが、なぜかそこだけ幅が広い。地元藍染町会青年部の澤田圭司さんによれば、「かつて谷中の銀行家が馬車を通すために広げた」そうだ。毎週日曜日は歩行者天国となり、フリーマーケットやイベントの会場にもなる。3児のパパで、子ども向けイベントの企画などをしてきた澤田さんと、千駄木在住の星野さんがばったり出会ったことがきっかけで、イベント的に月1回の「藍染こども広場」が2年前から始まったという。
路上でジャグリングも始まった
 星野さんは2004年ごろから2年ほど、千代田区神田の長屋を仲間と借り、1階は子どもたちの遊び場「子ども基地」、2階をシェアハウスとしてボランティアで運営した経験がある。そもそもが新潟の山育ち。川魚を手づかみし、野山を駆け回って遊んだ原体験があるだけに、東京に来て、「あれもこれも禁止。余白がない社会に衝撃を受けた」。子どもやコミュニティーに関心を持ち、神田に児童館がなかったことから、子どもの居場所をつくろうと、活動を始めた。長屋の前の路地も含めて、子どもの遊び場になった。ところが再開発で長屋が壊されることになり、ほかの物件を探したが見つからなかった。
たくさんの遊び道具を搭載するプレイトラック
 そんなとき、自動販売機に飲料を運ぶ小ぶりのトラックが目に止まった。「あれに遊び道具を入れて運んだら、移動式子ども基地ができるのでは」とひらめいた。「そうしたら遊びの出前ができる。拠点がなくても、全国の道やまちが遊び場になる!」。2008年に仕事を辞め、NPO法人を立ち上げた。同時に結婚もし、「暮らしと路地と道が残っている」千駄木に引っ越した。遊び道具を搭載したプレイトラックで全国の「道」やまちに出掛けている。
帽子とメガネがトレードマークの星野さん
 なぜ「道」なのか。「縁側とか縁日とか井戸端とか、道で遊び、ふれあう文化が日本にはあった。それを再構築したい」と星野さん。また、道は赤ちゃんからお年寄りまでが無料で利用する「場」でもある。そして、まちとまちをつなげる役割があり、出会いや顔の見える関係を作りやすいとも言える。「拠点型だと、多世代が集うのは難しい。道なら、通りがかった人や地域の人が足を止めたり、子どもに声をかけたりして、交流が生まれる」
夏はやっぱり水遊び。「水がかかった」という文句も来る
 しかし、子どもの声が騒音とされる昨今、公共空間である道を遊び場にするのは現実的に難しい面もある。地元の若手パパとして町会で活動する澤田さんは、「藍染の幸運は、かつてにぎやかな商店街だったこと。根津神社の祭りをはじめ、にぎやかな行事が年に何度もあることから、地元の人も『にぎやかでいいね』『昔は子どもの声がしてたし』と言ってくれる」という。
 もちろん、クレームが全くないではないし、病気がちで家にいるお年寄りへの配慮は欠かさない。ただ、「文句はクレームでなくコミュニケーションの一環というケースもある」とのこと。星野さんは「澤田さんとの出会いが大きい。地元にキーマンがいてくれるとやりやすい」と話す。
木片もりっぱな遊び道具
 道端に将棋盤を置いていたら、おじいちゃんと5歳児の対局が始まったり、地域の人がベーゴマを懐かしがって子どもと遊んでくれたり。「子どもって、まちに出しておくとこんなにラクだったんですね」という子育て世代の声も聞こえてきた。「まちで子どもを育てるという発想につながっていくといい」
道○ミーティング学習会参加者
 「10年後は世界一、道で遊べる日本にしたい。道でバーベキューもヨガもできるぐらいに」と星野さんの鼻息は荒い。非営利団体「TOKYO PLAY」と一緒に、新たなプロジェクト「道の可能性を探る~道○(まる)ミーティング学習会」を始め、第1回は6月の藍染こども広場の見学会と意見交換会だった。次回は7月31日(日)TOKYO PLAYがかかわっている「とうきょうご近所みちあそび」の取り組みを見に、品川の「ふれあいの家-おばちゃんち」周辺に行くという。