文京区の名坂/走れ!いだてん/金栗四三のランニングコース「御茶ノ水〜大塚」

明治四十三年(1910年)十九才の金栗四三は東京高等師範学校(現・筑波大学)に入学します。この頃、嘉納治五郎が校長をつとめる東京高等師範学校は大塚窪町(現・文京区大塚三丁目)に移転。御茶ノ水にあった旧校舎は予科(一年次学生)の寄宿舎となります。

≪明治十八年(1885年)ニコライ堂ドームから撮ったパノラマ写真。左が女子師範学校、中央が東京高等師範学校、右の森が湯島聖堂≫

御茶ノ水の旧校舎は女子師範学校(現・順天堂大学病院)と湯島聖堂の間。江戸幕府の最高学府であった湯島聖堂は御維新後、博覧会会場となっています。

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※この記事は文京区の名坂(東京坂道ゆるラン)に掲載されたものです。