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名建築を歩く(東京坂道ゆるラン)湯島切通坂と燃えなかった岩崎家本邸

三菱財閥の開祖・岩崎彌太郎は、明治十五年(1882年)駿河台東紅梅町の弟・彌之助の屋敷地から下谷区茅町(現・台東区池之端)へと移ります。

この頃の岩崎邸は、森鴎外の「雁」に描かれたように無縁坂に沿った白壁と石垣に囲まれた山水の庭を持つ和風の豪邸。

湯島切通坂

岩崎邸の敷地は徐々に買い足され、南側の湯島切通坂まで伸びてゆきますが、最初、切通坂は江戸旧来の細い急坂。

そんな切通坂も明治二十三年、やっと広く改修。が、依然として急坂で、大八車の押し屋がいたほど。下りではブレーキ代わりの引張り屋に変身。使役の牛馬はへたり込んでしまい、雨でも降れば転げ落ちて人馬ともに泥だらけ。

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※この記事は「東京坂道ゆるラン」に掲載されたものです。


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