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写真と、わたしたちの日々のこと①写真を撮るということ

はじめまして。私はフォトグラファーとして、写真を撮る仕事をしています。この度ご縁をいただき、こちらで文章を書かせていただくことになりました。初回なので自己紹介も兼ねて、自分のことを書いてみたいと思います。

私の祖父と父はよく写真を撮る人でした。何かしらのイベントで親戚が集まる際はもちろん、家族で過ごす何気ない時間にも写真。七五三や入学式など節目のタイミングでは行きつけの写真館へ出向いて写真を撮っていました。

それらは大量のアルバムに収められて実家に残っています。私が生まれたてのころは母のコメントも細かく書かれていたりして、当時の母の気持ちも一緒に感じられます。なぜこんなに写真を大事にしていたのかを家族に聞いたことはないのですが、写真やカメラが身近にあったことは、少なからず今の私に影響を与えています。

しかし何かにつけて写真を撮ろうとする父を、思春期の頃は面倒くさく思ったこともありました。「また撮るの?」と思っていたし、案の定、写真にも仏頂面で写っていて、今見返すと「可愛くないなあ〜」という感じ。その一方でたとえどんな顔でも、その場所で家族が『揃って』写っていることに味わい深さを感じます。

昔はお正月に親戚が全員集合できていましたが、今はそれぞれに新しい家族ができ、必ずしも同じタイミングに全員集合することがむずかしい。そんなこともあり、時が経つにつれ、写真の意味が変化し、価値が増していく気がしています。

そんな私が初めて自分のカメラを持たせてもらったのは、おそらく小学校低学年のとき。家族旅行の初日に母親から使い捨てカメラを渡され「この旅行で好きなものを撮って、旅行が終わった後に見せ合いっこしよう」と提案されたのでした。海を撮ったり、飛行機を撮ったり、純粋に楽しかった。今思えば、母なりに何か思うところがあったんだろうなあ。写真を撮るという行為は、「自分は何が好きなのか」自覚するとても良い方法だと思っているので、私もいつか母親になったら、子供にカメラを渡してみたいと思います。

そんな私が今仕事として写真を撮るようになったのは、人を撮ることで生まれるやり取りが好きだったからです。理由もなく人に声をかけるのは躊躇してしまうけど「写真を撮らせて」となら言える。「写真を撮っている人」になれば、相手も笑顔を向けて「どんな風に撮れた?」と聞いてくれる。近所で散歩をしている方も、公園で釣りをしている方も、カメラを構えていれば「何を撮っているの?」と聞いてくれるんです。大学で後輩ができたときも、社会人になって新しいコミュニティに入っていくときも、写真を撮ることで私は人と近づいてこれたと思っています。大げさではなく、写真を通じて得た出会いや学びによって自分自身が作られていると感じています。

写真を通じて人と交わり、社会を知り、豊かさとは何か日々考えています。そんな写真を通じた出会いから私が思ったこと、学んだことをこれから綴っていけたらと思っています。

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千葉愛子|Aiko Chiba

1990年宮城県仙台市生まれ。​東京都文京区在住のフォトグラファー。

WEB:https://www.aikochiba.com

Instagram:@chaiko2328


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