コミュニティを面白くするスナックがある、会わせたい人がいる、と若者に誘われ、ふらふらとついていった。行先は足立区梅島。駅からほど近い3階建の、あれ?普通の民家?のたたずまい。入ると1階は本格的なスタジオだった。

ここはカルチャースクール&レンタルスタジオ「studio杭」。多様な表現・創作活動を提供・支援し、地域の文化を支えるハブをめざしているという。その2階が、ラウンジ「おにかい」。ここで毎月数回、お酒や料理を楽しみながら交流する「スナッ杭」が開かれている。カウンターに立つホスト役(ママ)が毎回変わり、この日は「りえねぇ」こと野際里枝さんがカウンターにいた。

「広場の真ん中に、花で飾った一本の杭を立てなさい。
そこに民衆を集めなさい。
そうすれば楽しいことが見られるのです。
(ジャン=ジャック・ルソー『演劇についてーダランベールへの手紙ー』)」
「studio杭」は、このルソーの言葉からきていて、「面白い・楽しいことが起こるきっかけの場所=杭」になることをコンセプトとしている、という。

主宰者のKAEDEさんもいたので、野際さんとかわるがわる、この場ができた経緯、ちょっと長いストーリーを熱く語ってくれた。

KAEDEさんは舞台一家に育ち、自らも舞台に立ち、ダンサーとしても活躍、ショーダンスの振り付けや演出もやってきた。結婚、出産後復帰したが、ある舞台でやり切った感を味わい、プレーヤーとしては一区切りつけ、転職。世界的に有名なアパレル会社に入り、接客コンテストで1位を取得、パリの研修に参加できて、念願の創業者デザイナーに会うことができた。このとき、人前で表現することの大事さを実感、子どもたちにも伝えたいと考えたという。

そして2018年に立ち上げたのが「足立区キッズパフォーマンス集団ほしかぜ」。娘たちにも表現する場があるといいなと探していたが近隣になく、だったら自分で立ち上げようと思い立ち、娘たちに「子どもたちだけの劇団をやりたいんだけどどう思う?」と相談したら、「めっちゃいいじゃん」と大賛成。最初は娘やその友人たちで小さく活動していたが、口コミで評判が広がり、2020年に一般社団法人化した。5歳から12歳の子どもたちを対象に、本公演は2年に1度だが、毎月ダンス、声優、演劇、舞踏、打楽器、盆踊り、お笑い、アクションなど様々なジャンルのワークショップを開く「子ども表現堂」や、子ども食堂を開催している。

「ほしかぜは、子どもたちが、ここならいていい、自分が出せる、という場なんです」と、野際さんも熱く語り始めた。脚本も演出もKAEDEさんが手がけるが、まず子どもの「やりたい」を引き出して脚本を書き、演出していく。「この子は『よ』を言わない方がいいとか、『ら』を入れたいとか、台詞は一字一句考える。台詞がない方がオーラを感じさせる子は、台詞なしにする。主演はいるけど、主役はみんな、なんです」。野際さんは教員や制作会社ディレクターを経てNPOの中間支援やグラフィックレコーダーとして活動している。娘がほしかぜの活動を見かけて「やりたい」と言ったことがきっかけで、ほしかぜにかかわるようになった。「KAEDEさんは、1人1人の輝くところを引き出すのがうまい。学校では『困った子』『なじめない子』でも、ここで表現に昇華して輝くものにしてしまう。ほしかぜは習い事でも稽古事でもなく、子どもたちの居場所なんです」

舞台の企画製作、稽古場の管理や広報も子どもたちが一緒にやる。当日の舞台に親は1人も上がらない。「スタッフは信頼できるプロを呼んでいます。本物の照明を浴びる感覚を知ってほしい。本物を知ると、めざすところも変わる」とKAEDEさん。「がんばったね、という拍手と、マジすごくない?という拍手は違う」。ほしかぜの入会希望者は年々増え、公演も毎回満席。そんな舞台ができるのは、「子どもたちみんながたくさんのパーツのヒントをくれるから、それを組み合わせるだけ。子どもたちの中にあるものを引き出したらこれができた、という感覚」という。

そしてここからが本題。ほしかぜは、歌が下手でも、滑舌が悪くても、その子が一番輝けるものを引き出す場。いかにうまく歌うか、踊るか、滑舌をよくするかをめざす「スクール」ではない。しかし中にはトレーニングやレッスンをやってもらえないかという依頼もある。また、運営費は助成金やクラウドファンディング、協賛頼みだ。そこで、別団体を立ち上げてスクール事業をし、資金の一助にできないかと考えたそうだ。そうして2025年4月に誕生したのがStudio杭だ。

柱の1つはカルチャースクール。ダンスやベビーバレエ、エアリアル、刀剣、演劇、英会話、習字など、さまざまなジャンルの講座を提供している。もう1つはレンタルスタジオ、レンタルスペース。1階のスタジオは本格的な音響や照明設備を備え、発表会やダンスレッスン、演劇稽古などのほか、プロジェクターとスクリーンもあるので上映会や講演会もできる。写真スタジオとしても使える。2階の「おにかい」はキッチンとダイニング、和室があり、お茶会や飲み会に使える。また、放課後の居場所や、コワーキングスペースとして使うプランもある。

「なにしろ始めたばかりでまだ知られていないので」と、野際さん。スナッ杭は広報活動の一環でもある。「地域とか子ども支援とかテーマを決めたり、ご飯会だったり。いろんな人が集まるので、ぜひいらしてください」。確かに、ほしかぜ卒業生で作った劇団「うぱぱら」練習後の中学生が来たり、ほしかぜ前回公演で主演した中学生とその父の整骨院長、KAEDEさんの家族など、いろんな人でにぎわっていた。収益は子ども食堂に充てる。KAEDEさんがホストの日もある。事前予約が必要だ。参加費は一般大人1,000円、中学生以下500円。別途飲食代がかかる。日程の詳細、予約法はInstagramで確認を。(敬)

