子育てスペースが人形劇場に早変わり?千石こじゃりで「ミカンも人形に」手遊びワークショップ

 今日は、「千石こじゃり」に、ガイ氏即興人形劇場がやってくる日だ(2017年2月27日)。千石こじゃりは文京区千石に、高浜直樹氏が営む「子育て不動産」(子育てスペースの中に不動産屋さんがある)が、毎週月曜日に、12畳ほどの子育て応接スペースを地域の親子に開放している活動だ。
 この日は、ガイ氏即興人形劇場のメンバーによる「ミカンも人形に」手遊びワークショップがあるということで、開始の2時間近く前から、続々と0~4歳くらいの子どもを連れたママたちが集まってきた。子育て不動産の部屋の壁は、一つは上下左右たくさんの絵本が並ぶ。その隣の壁面はさまざまなおもちゃが種分けされた仕切りがいっぱい。もう一つの壁には、ゆうに4人は入りそうなおうちやキッチンセットが置かれている。
 子どもたちはたちまち仲良くなり、部屋中走り回り、転び、笑い、果てはおもちゃの取りっこで喧嘩になり、両方泣く。つられておチビちゃんも泣く。ほんとに人形劇がここでできるの? 子どものエネルギーで満たされたこの空間に人形劇が入る隙間があるのかな?
 14時になったころ、ガイ氏即興人形劇場の荻野義幸さん、中嶋咲枝さんがトランクを持って登場。さっそく黒い布を壁に張っていく。子どもたちは、だれも何も言わないのに、お母さんといっしょに観客の体制に変わっていた。
 「今日のにんぎょうげきは、手をつかいますよ」。54年のキャリアを持つ人形劇の演じ手、中嶋さんが子どもたちに語りかける。「手はどうやったらにんぎょうげきになるの? 手をあげてごらん。ゆびはいくつある? これはおやゆび、『おいで、おいで~』(おやゆびで招く)『さよなら~』(今度はおやゆびを横に振る)」「こんどは手で石を作ってみよう。歩くよ~。どっすんどっすん。どっこいしょ」。はさみでカニを作ったり、かみでちょうちょを作ったり、動きも台詞もつけて演じてみる。子どもたちも大人も部屋のあちこちで人形劇が始まった。
 さて、いよいよミカンの登場だ。人差し指をミカンの芯にさすと頭になり、親指が右手、あとの3本をくっつけた形で左手になる。中嶋さんのミカン人形が「げんきですか~」と、1人の子どものミカンに語りかけると、その子は思わず「うん!」と自分の頭で頷く。「うん!て、うなずくのはあなたじゃなくてにんぎょうなんだよ、にんぎょうでうなずいてごらん。ほら、空を見て、それから下を見て。また空を見て。あ、雨が降ってきた、ぬれちゃうよ。手の中に頭をうずめて」。ミカンはいつの間にか息が吹き込まれたように動きはじめる。次に、前に出て親子で演じてもらうと、ミカン人形の動きや会話はどんどんその世界を広げていった。
 最後に、スペースの関係で、舞台を組み立てられなかったが、千石こじゃりのスタッフのまりこさんと私が、黒い布をピンと張って、即席舞台を作った。
「あめあめふれふれ」の曲に合わせて中嶋さんと荻野さんの実演が始まった。ミカンではないが、白いプラスティックのピンポンのような玉を人差し指にさして、指の使い方はミカンの時と同じだ。
 雨の日、お母さんが傘を持って迎えにきてくれたときの子どもがうれしそうにはしゃぐ姿、帰り道に傘がなくて泣いている子どもに傘をかす場面。小道具の傘の揺れが、人形の気持ちを表していた。「人形には目も口も描いてないけど、想像して楽しむんだよ」と、中嶋さんは観客の親子に語りかけた。
 終了後、中嶋さんと荻野さんに2つ質問をしてみた。
 「なぜ、54年間人形劇場を続けているのですか?」
 答えはお2人とも「好きだから」。
 愚問だった。
 ガイ氏即興人形劇団は、54年前に水田外史が立ち上げ、「ごんぎつね」をはじめ数々の名作を世に出し好評を博してきた。水田氏はかなり前に亡くなられたが、劇団員はみなそのまま残り、水田氏の作品を演じ続けている。
 もう1つの質問は、「3月12日の文京シビックでの公演の抱負を聞かせてください」。
 「学校公演や文化庁の『次世代事業』ではずっと作品を演じているが、一般公演は4年振り。気合いが入ってます。多くの人に水田外史の作品を知ってほしい」との答えをいただいた。
(稲葉洋子)