走れ!いだてん/金栗四三「徒歩部時代」

体育を奨励する東京高等師範学校(現・筑波大学)の運動会は絵葉書が印刷されるほど、スポーツを楽しむことなど知らなかった明治の人にとって、運動会は珍しいものでした。

校長・嘉納治五郎のモットーは……

「立派な教員となるために必要なのは『広い知』『清廉な心』そして『たくましい体』だ」

日頃から朝礼や遊説で、そのようにぶち上げている彼は、武士社会の文武両道を明治の世になって「知育と体育」に置き換えた代表的な明治人、偉大なる教育者です。
彼はその功績と近代柔道の創始により、明治四十二年(1909年)アジア初のIOC委員に推挙されます。そして、第5回近代オリンピック・ストックフォルム大会へ向けて大日本体育協会を設立。オリンピック初参加となる日本チームの派遣を画策します。

東京高等師範学校徒歩部

いっぽう、東京高等師範学校の本科生(二年次)となり徒歩部(陸上部)に入部した金栗四三は、走りを専門とする先輩方にもまれ、メキメキと上達していきます。

続きはこちら

※この記事は「東京坂道ゆるラン」の「走れ『いだてん』」に掲載されたものです。