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築90年、緑と歴史濃き震災復興の礎、元町公園

JR水道橋駅から御茶ノ水駅へと延びる外堀通りのお茶の水坂、神田川を眼下に望む場所に、元町公園はある。本郷1丁目1番地。正面階段を上ると、突き当りはアーチ模様の壁泉。いま水はないが、ここに水の幕が落ちているとさぞかし美しいだろう。左右に階段があり、左を上ると段々状に水が落ちるカスケードが現れる。「水階段」とも言われ、ドラマの撮影ロケにも使われたとか。

大正、昭和の香りがするモダンなデザインの公園は、90年前、昭和5年に造られた。「東京市役所」が作成した昭和の元町公園案内によれば、「昭和三年六月に約三萬九千百圓(用地費を除く)の工費にて工を起し昭和五年一月に竣功し開園致しました」とある。この公園は「帝都復興計画」によってつくられる52小公園のひとつ、と書いてあり、つまり、大正12年9月1日に起きた関東大震災からの復興計画に位置付けられた「震災復興公園」という歴史遺産なのだ。「遠くは富士箱根の連峰より秩父の山々をも一望に収め得る眺望」だったらしく、開園当時は見晴らしがよかったのだろう。

大震災で東京一帯は焼け野原となったことから、防火帯や避難場所としての公園が整備されることになった。このとき、小学校に隣接して「小公園」がつくられ、その数は52カ所に及んだ。その一つが元町公園だった。北側には鉄筋コンクリート製の「復興小学校」だった旧元町小学校が今もある。元町公園は元町小学校の校庭の延長でもあり、運動ができる小さな広場があり、ブランコや滑り台などの遊具もある。左右対称のコンクリート製の滑り台は当時のままのようだ。

シイやケヤキ、イチョウ、スズカケなどの大木が茂り、夏でも涼しげな日陰をつくっている。開園当初は樹木27種246本、ヤツデやアオキなどの株物は32種、1926株も植えたというから、相当な植栽数だ。これも防火の目的があった。当時の図面には、小学校側に円形の大きめの「動物舎」があり、「小鳥が飼育してあるのは他の小公園には未だ試みられない事である」と書いてある。戦時中、金属類の供出により、鳥小屋や門扉などが失われたという。鳥小屋があったと思われる場所では、鳩がのんびり羽を休めていた。

昭和50年代に復元改修工事がされ、1985(昭和60)年には開園当時のような姿に整備された。しかし、少子化やバブル期のドーナツ化現象で区内の子どもの数が減っていき、1998年に元町小学校は真砂小学校と統合し閉校となった。2000年代に入ると区内の小中学校の統廃合計画が打ち出され、そのあおりで旧元町小学校と元町公園の場所に、区の総合体育館が移転新築される計画が浮上した。これに驚いたのは市民や建築、造園の専門家たちだった。見直しを求める声が市民からあがり、2006年には学会や専門家の協会などから保存活用に関する要望書が相次いで出され、区は計画の見直しを余儀なくされた。

元町公園と旧元町小学校をセットで保全、活用しようという議論が始まり、数年がかりで方針がまとまった。経緯は文京区のホームページに掲載されている。昨年、「旧元町小学校の整備と元町公園との一体的活用事業」について、学校法人順天堂が実施事業者として選定されたところだ。

公園の片隅に鳥のモニュメントが立つ。90年間、戦争や震災や人災を乗り越え、この地を見守り続けている。(敬)


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