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チェンバロの響きは谷根千の路地裏にぴったり⁉旧平櫛田中邸で5月20日、チェンバロ奏者梶山希代さんが「路地裏バロック」開催

上野桜木にお住いのチェンバロの演奏家、梶山希代さんを訪ねた。来る5月20日、旧平櫛田中邸で、コンサート「路地裏バロックVol.9」を開く。玄関に繋がる部屋に、綺麗な模様が施されたチェンバロが2台、箱型で小さいクラヴィコードが1台、たくさんの音楽関係の書籍などが目に飛び込み圧倒された。

チェンバロは、グランドピアノが少し細身になった感じの大きさで、どちらもボディの部分や蓋を開けた位置に、美しい絵が施されている。絵は、楽器が制作された国によってそれぞれ傾向があるという。17~18世紀の伝統的な格調高い装飾が多い。大きい方はオランダ人製作家によるもの、もう1台は日本人の製作家によるものだ。1台1台が受注生産で、ボディの装飾も自由に注文できるという。

ピアノとチェンバロは形が似ているが、違いは何か。「フルートが吹ければヴァイオリンも弾けますよ、って誰も言わないですよね。極端な話、それぐらい違います」。同じ鍵盤楽器なのだが、ピアノは弦をハンマーで叩いて音を出す。チェンバロは撥弦楽器といって、鍵盤で遠隔操作して、楽器に仕組まれた爪で弦を弾きあげて音を鳴らす。だから奏法は全然違う。音も違う。梶山さんが弦の仕組みを示しながら少し演奏したら、静かで柔らかな音だった。

「『路地裏バロック』のことにも重なってくるのですが、チェンバロはピアノのような大音量は出ません。もともとバロック音楽の時代に、貴族のお屋敷とかサロンや教会のような小さい場所に置かれていた楽器で、数十人という少人数の親密な空間で、お互いの息遣いがわかる場所で、楽器を囲むような形で聴いてもらうものでした」。それは今でも変わらない。

「大きなホールのステージで演奏するピアノのリサイタルって、演奏家は終わるまでしゃべらないじゃないですか。だけど、小さな親密な空間では、しゃべらないってむしろ不自然なんですよ。だから『路地裏バロック』でも、合間に楽器や作品、その日のコンサートのテーマについて話します」

ずっとピアノを習ってきて、音大もピアノ科だった梶山さん。「アンサンブルが好きで、フルートや別の楽器の同級生と楽しんでいたのですが、バロック音楽が好きな人がいて。ピアノで合奏していたのですが、ほんとはバロックの時代はピアノじゃなくてチェンバロなんだよな、と思って」。チェンバロがやりたくなり、大学3年のとき、故鍋島元子氏の門をたたき、それからはチェンバロ一筋だという。「もうピアノは弾けません」と笑う。

大きなコンサートホールでの演奏活動も多いが、小さい会場で演奏するのはとても楽しいという。「路地裏バロック」は、谷根千の地域の古民家を会場で開催されてきた。始めるきっかけは、「チェンバロは小さい会場で聴いていただくのが、楽器の魅力が伝わるなと思って」。谷根千では古民家が多く残り、最近は、小さいギャラリーやカフェも増えてきた。「自分のライフワークとしても『路地裏バロック』を進めていきたい、地域に貢献したいという思いもある」

今回の「路地裏バロック」は9回目となる。カール・フィリップ・エマニエル・バッハ(C.P.E.バッハ)の曲を演奏する。有名なヨハン・セバスチャン・バッハ(J.S.バッハ)の息子。「息子ですが、お父さんのバッハとは全然違うんですよね」と梶山さんは言う。C.P.E.バッハの時代は、バロックの出口的な時期で、モーツァルト、ベートーヴェンへとつながる時代。その頃、ドイツで文学運動があり、多感主義文学というものが起こった。それまでの啓蒙主義と違い、人間の内面や理性では説明できない心の不条理な部分をもっと赤裸々に表現していくという主義で、若い文学者、作家たちによる新しい文学作品がたくさん生み出されていった。感情過多形式とも呼ばれ、音楽にもそれが波及していった。C.P.E.バッハは、その時代の代表的な作曲家だという。

演奏は、梶山さんのチェンバロと、国枝俊太郎氏のフラウト・トラヴェルソ、矢口麻衣子氏のヴィオラ・ダ・ガンバの3つの楽器。トラヴェルソという楽器は、フルートの古楽器のようであるが、穴を開閉するキーが一つしかないため、奏法もフルートと異なり、演奏するのは現代のフルートより難しい。音量も少ないが、そのかわりに多彩な音色や繊細な表現が可能だという。ヴィオラ・ダ・ガンバは「脚のヴィオラ」という意味で、楽器を脚で支えることに由来するヴィオール族の楽器。形は似ていても、ヴァイオリンやヴィオラやチェロと全く違う系統の楽器だ。そして、歴史的にはヴァイオリン族よりずっと古い。「何の先入観もなく聴いたら新鮮でおもしろいですよ」と梶山さん。「音っておもしろい。音量の大小はあくまでも相対的なものです。人間の聴覚は不思議なもので、聴いているうちに研ぎ澄まされて、コンサートが終わるころには、繊細な音も聞き取っています。ぜひそんな音色を楽しんでほしい」と語った。(稲葉洋子)

日時:5月20日(日)14時半開演

場所:旧平櫛田中邸アトリエ(台東区上野桜木2-20-3)

入場料:2000円

梶山希代さんのプロフィール:東邦音楽大学卒。チェンバロを故鍋島元子に師事。ウィーン市立音楽院でT.コープマン、リューベック音楽大学でB.v.アスペレンのマスタークラス修了。ソロ・アンサンブルでの演奏のほか、異なるジャンルのアーティストとクロスオーバーの活動も展開中。CD「Keyboard Duets of BACH Family」リリース。東邦音楽大学、東京古典楽器センター講師。日本チェンバロ協会会員。


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