「おいしいビールを片手にみんなでわいわい。そんな場がまちのあちこちにあれば。まちのお豆腐屋さんみたいに」。本郷通りから菊坂へ入ってすぐのところにあるクラフトビール店「本郷菊坂町かもす」のマスターはそんな思いで2023年6月に店を開いた。
コンクリート打ちっぱなしの店に入ると、右手に数人で立ち飲みできそうな大きな木のテーブルがある。奥には2~3人で飲めそうな木のテーブルが2つ。カウンターは2人は座れそうだ。
さらに奥はタンクが並ぶ「醸造所」。初仕込みの真っ最中だ。「もうちょっとすると、いい香りが出てきます」。(2024年2月から自家醸造ビールの提供を開始)。
マスターは千駄木生まれの千駄木育ち。化学メーカーの営業として転勤続きだったが、いまに至る原点は5年ほど暮らしたドイツでの経験だ。「週末の日課は、からのビンを持ってビアバーに通うことだった。ドイツでは自家醸造のビアバーが近所にある。文京区で言えば本郷にも根津にも千駄木にもある、みたいな感じで」。小さい子どもを連れて行くと、お菓子をくれる。子どもにも優しいまちだった。
人生50年を迎えるころ、地元に何か貢献できることはないかと考えたとき、ビール作りをやってみようと思い立った。それまでにも、日本ビアジャーナリスト協会の代表と知り合って親交を深めたり、ブルワリー巡りをしたり、ホップの産地でホップ摘みの手伝いをしたりしてきた。手作りのビールはおいしくてフレッシュ。自分で作れたらいいな、と常々思っていた。ドイツのように、地産地消で、身近な存在になれたら。退職し、2カ月間、金沢のブルワリーに住み込んで修業した。
「まちのパン屋さんとか、お豆腐屋さんのイメージ。ホカホカと香りがしてきて、まちに馴染んでいる、そんなビアバーを作れたら」
だからお店は、気軽に立ち寄って飲めるようなスタンディングスタイル。置いているのはおつまみ程度で、食事は近所のハンバーガー店のデリバリーの利用や持ち込みも可能。
全国のブルワリーから仕入れたクラフトビールを常時5種類ほど提供、専用のガラスボトルを購入すれば、種類は限られるが持ち帰りも可能だ。
自家醸造はようやく開始したところだ。前職との共通点は「ものづくり」。ビールづくりで大事なのは衛生管理だという。「発酵の過程で、酵母にいかに働いてもらうか、いかに香りや味を最大化してもらうかがポイント」。めざすのは、チェコで飲んだモルティ―で香り豊かなピルスナー。「酵母の香りと麦芽本来の甘さを引き出すためには酵母の活動が大事になってくる」。酵母の働き、つまり、発酵にこだわりたい。
お店のロゴは酵母が分裂するところをイメージして作られた。「これを見てください」とマスターが公益財団法人日本醸造協会が発行した「ビールの基本技術」という冊子のページを開いた。そこには酵母分裂の電子顕微鏡写真が。確かに、ロゴのイメージと似ている。
開店して半年以上がたち、ボチボチ常連さんもでき始めた。近所の東京大学に来ているらしい外国人も来るし、イラストを描いてくれたり、お酒の神様といわれる京都神社で「醸酒のお守り」を買ってきてくれたりする客もいる。
「ある女性が『昼からビール飲んじゃってだめだな』とつぶやいたのを聞いて、日本ではまだまだ昼から飲むのは罪悪感があるんだなと感じた。昼間からビール片手に老若男女、会話を楽しむ、そういう文化が根付いてくれたらうれしい」
「近所で気軽にビール飲み」が大衆文化になるように。願いを込めて醸造に励む。(敬)
本郷菊坂町かもす(本郷5-1-2シャープ本郷 101)
営業日:水・金:18:00-21:00、土:14:00-21:00、日:14:00-18:00
※変更あり。Instagramで要確認