「第15回社会人落語日本一決定戦」決勝戦が、2023年12月10日、大阪府池田市で開催され、ぽんぽん亭遊月さん(本名=棗田真澄さん、文京区千駄木在住)が、見事第15代名人となった。JIBUNでは2017年と、2023年に記事にしている方だ。
演目は「社会人ピアノ日本一決定戦」。自分の職業をネタにした創作落語だ。遊月さんの本業はピアノ調律師。家庭にあるピアノからプロが使うピアノまで、様々なピアノの調律を手掛ける。
今大会は324人が応募。148人が予選会に出場。そこから10人が決勝戦進出となった。審査委員長、桂文枝さんは、優勝した遊月さんに「職業をいかした社会人らしい落語で大変に素晴らしかった」と選考理由を説明し、横向きに座ってピアノを演奏する姿を表現したことに「落語の形を破った」と評価した。
遊月さんは30歳から15年ほど民話語りをやっていた。「座布団の上から移動しないのに、情景がぶわーっと見える。どこまでも自由に世界を表現できる語りにどっぷりハマってました」。そろそろ1人で活動しようと考えていた頃、語りの先生が亡くなった。
指導者を失い悩んでいた時、民話語りと同じように、座布団の上で覚えた噺をしている落語の存在に気がつく。どうせなら1番チケットが取れない落語家さんを見てやろうと独演会に行くと、「やりたいと思ってたことが全部体現されていました」。その足ですぐ近くの上野広小路に落語教室を発見し入会。3年経った頃、池田市が主催する第1回社会人落語日本一決定戦の参加者募集の小さな記事を見つけた。
「応募したら予選通過して」と顔がほころぶ。その時は決勝には残れなかったが、「見ず知らずの方が私の落語をすごく褒めてくれて」。翌年も挑戦したら決勝にあがれた。ところがその後、「暗黒の時代が続きました」。苦しかった〜と笑う。2回ほど他の予定で出られなかったので通算13回の出場で、昨年2度目の決勝進出が叶い、見事名人になった。
この社会人落語の大会は、古典落語だけでなく、創作落語での参加も多い。今まで何人か、自分の職業をネタにした演目で優勝した人がいる。しかし、「ピアノの調律師って漠然としたイメージでしか知られてないので、落語に出来ないよな〜・・と諦めてたんですよ」。
客席で見ていた3年前の決勝戦。2位3位がどちらも職場ネタで、「やっぱり職業ネタっていいな」と思いながらの帰りの新幹線でのこと。ピアノの調律はピアノを弾く人があってこそ。弾く人が増えれば調律の需要も増えるって考えたらどうだろう?
折りしもコロナ禍で、家に眠っていたピアノに目が向き、調律して再び弾こうという人が増えていた。「そうだ!社会人落語の大会で落語やる人が増えたみたいに、社会人ピアノの大会があったら、広がるんじゃない?」。あらすじが新幹線の天井から降りてきた!
落語の筋はこう。調律の普及のアイデアを練っている上司と部下。部下が「社会人落語日本一決定戦」に出ていることを知り、弾く人を増やすために「社会人ピアノ日本一決定戦」をやろうと言い出す上司。そしていよいよ、本番が始まって・・・。「この社会人ピアノの大会に出てくる人達のエピソードに、私が仕事して出会ったお客様から伺った、宝物のような話をあちこちに散りばめました」。もちろん笑いも随所にある。
池田市はインスタントラーメンの聖地、ということをご存知だろうか。(今、朝ドラ「まんぷく」再放送中。)大会は日清食品が協賛。なんと名人の副賞は「最強どん兵衛1年分」。大会の4日後遊月さんの自宅に12個入りの段ボールが30箱届いたという。
ところで、初めて出場した第1回のときのこと。予選敗退で、他の出演者の誰も知らない。「これで終わったんじゃもったいない」と「池田の出演者を集めて東京で落語会をやって、繋がりを作りたい」と、遊月さんはまず会場を押さえて、落語の冊子「東京かわら版」に募集記事を出した。そうして全国から11人を集めて第1回目の「あたらし寄席」がスタート。「あたらし」は古語で「悔しい」の意味。賞を逃して悔しいというメンバーの思いを込めた。
今年は第13回。今では20人以上から全国津々浦々から集まるようになり、もはや「悔しい」という人ばかりではなくなった。「名人は私を含めて4人。2位3位もごろごろいるんです」と嬉しそう。「あたらし寄席」は3月16日(土)11時から18時 文京区不忍通りふれあい館地下ホールで開かれる。毎年150席は満席に近い。長いので出入りは自由。「入場無料カンパ大歓迎。ぜひ来てください」と遊月さん。その日遊月さんはトリを務める。(稲葉洋子)