Close

風呂も食堂も、スペースも、足りないものはまちを使う/かみいけ木賃文化ネットワーク発信の地、上池袋のくすのき荘・山田荘

池袋から1駅、山手線のちょっと外にあるけどほぼ都心と言ってよい豊島区上池袋。マンションや駐車場のはざまに、古い建物がちらほら。きれいに整備された上池袋くすのき公園の隣に建つ、蔦にからまれた建物が、「くすのき荘」だ。1階はカフェとシェアアトリエ、2階はシェアスペース。「大栄紙器工業所」の看板が残ったままの隣の建物は、自由に出入りできる「客席スペース」と、2階はシェアオフィス。近所には、風呂無し、トイレ共同、6畳一間、昭和の木造賃貸アパート「山田荘」がある。

「メンバーがゆるやかな家族というか遠い親戚みたいな感覚で、結果的にセーフティーネットになっている」。平日の夜、くすのき荘2階のリビングで、メンバーの藤田奈津子さんが「令和のご近所づきあいと市民性」のテーマで話していた。くすのき荘2階にはシェアキッチンとリビング、ミーティングルームがあり、「まちのリビング」と呼ばれている。藤田さんはまちのリビング月会員になって7年目になる。「2人の子どもたちはここと共に成長しました」

藤田さんはフリーの企業や団体のPR・コミュニケーターとして活動しており、子どもが孤立しない地域づくりをめざすNPO法人PIECESのメンバーでもある。この日はPIECESのトークイベントだった。藤田さんの子どものほか、知人の子も一緒に来ており、ミーティングルームやリビングのソファで子どもたちは遊んで過ごしていた。

くすのき荘は、親と子が解き放たれるのにちょうどよい場と考えたそうだ。「子ども2人を夫婦だけで育てるのはしんどいなと思って」。子どもがカラオケに行きたいと言えば、20代のメンバーが連れて行ってくれた。コロナ禍でキャンプに行けず、子どもがどこかに泊まりたいと言ったときは、銭湯に行って木賃アパートでみんなで雑魚寝した。地域のお祭りでみこしも担ぐし、くすのき荘2階からくすのき公園に向けて長い竹をつなげて下ろし、流しそうめんをやったことも。「毎月7日は七輪の日ということで、七輪を囲んでいろんな人が持ち寄りの食事会をしています」

管理人の山本直さんは「足りないものは、まちとつながって、まちと共に生きよう、というのがそもそもの始まり」と話す。2014年、山本さんは勤めていた設計事務所を辞め、妻の山田絵美さんの実家の隣にある「山田荘」に夫婦で住み始めた。山田荘は1979年築の2階建てで、6畳一間が1階に3部屋、2階に3部屋ある。トイレは共同、風呂はなく、単身用のアパートだったが、人に貸していたのは2階部分で、1階部分は隣の大家、山田さん一家の離れ的に、書斎や子どもの遊び場、ご近所さんのお茶飲み場のように使われていたそうだ。山田絵美さんもそんな環境で育ったので、なにか活用できないかと考えていたという。

そんな折、知人から豊島区のアートプロジェクトで拠点を探していると聞き、山田荘の1階の部屋を貸すことになった。アートプロジェクトの美術家らが出入りするようになり、作戦会議をしては、まちへ飛び出してアート活動を実践する流れが生まれた。木造賃貸=木賃(もくちん)に関心がある人が結構いることもわかった。

アートプロジェクトが終了し、山田荘に住みたい人も現れたことから、山本さん山田さん夫妻が自分たちが住む家を探していたところ、近所で空き家になっていたくすのき荘を見つけた。自宅用に改装するつもりで「勢いで借りてしまった」。広いからみんなでシェアできそうだ。山田荘では足りない暮らしを、キッチンもリビングもシャワーもあるくすのき荘でまかなえるのではないか。そんな考えから、「足りないものはまちを使う」発想が生まれ、2016年に「かみいけ木賃(もくちん)文化ネットワーク」を立ち上げた。

自力での改装は思いのほか時間がかかり、くすのき荘のオープンは2017年。夫妻の居住スペース以外を「まちのリビング」にし、面白く使う仲間を募ったら14人集まった。翌年は23人集まった。イベントに使いたい人、カレーなど食事づくりに使いたい人、演劇の人も、アートの人も、さまざまな人が集まった。会員制にし、エアコンをつけるかどうかなど、場づくりの一つひとつを、会員同士の話し合いで決めていった。

最初は2階しか借りていなかったのが、「作業の道具を置きたい」「狭くても自分のスペースがあるといい」という声もあったので、2018年に1階も借りてシェアアトリエとし、工作スペースも設置。2022年には隣の建物も借りることになり、2階をシェアオフィスにした。1階は誰でも自由に入れる「屋根のある公園みたいなスペース」だ。学校帰りの小学生が立ち寄ることもあるし、隣の喫茶で買ったものを飲食したり、時には大人が飲み会をしていたり、映画上映会をしていたりする。

「コロナ禍でイベントができず人も集められず、人と人の接点をどうつくるか考えた。日常の中で人と出会う機会をと、カフェをつくろうと思った」と山本さん。2022年にクラウドファンディングをして、公園の売店のような「喫茶売店メリー」を開設。コーヒーなど飲料のほか、近所に住む台湾出身の料理人から教わったという本場の魯肉飯や台湾スイーツの豆花が自慢だ。現在は山本さんが運営し、原則金土日祝の営業だ。

山本さんは、「足りないものを、どう満たしていくかが根幹。足りない状態でいいんじゃないか、と思うようになった」という。山田荘もくすのき荘も古いので、水漏れなどなど不測の事態が起こる。メンバー同士の利用調整や、場所の使い方についての対話が必要なこともある。「サービスだとそれは欠陥になってしまう。問題としてとらえるか、創造性をもって工夫をしよう、と考えられるか。みんなで考えて工夫をしていこうという発想があることがここの強みかも」

だから、「山本さんが責任者だから対応すべき」などと言う「考えない人」がメンバーになるのは難しいかもしれない。実際、見学の際にサービスを提供する場ではないことを説明し、了承した人だけがメンバーになっている。「それぞれの自由を担保するためにやっている。いろんな議論があり、けんかもある。AとBのどっちか、という議論の中で、Cが産み出されてきた」。メンバーも管理人もフラットな関係だ。

今後は、つながっていく木賃アパートを増やしたいという。カフェができたことで、まちの人の理解もすすんできた。公園、カフェ、木賃アパート。「まちの人に、自分の場所と思える存在にしていきたい」という。(敬)


Copyrights © 2007-2015 JIBUN. All rights reserved.
error: 右クリックはできません。