車イスのおじいちゃん、おばあちゃんが談笑したり食事したり。オープンなキッチンがあり、障害者の方がお掃除をしている。木の枝に包まれた柱は何かのシンボルだろうか。卓球台があり、ソファがあり、足もみマッサージ器があり。。。神戸市長田区の「はっぴーの家ろっけん」に足を踏み入れた第一印象は「雑然」だ。「男も女も子どももお年寄りも障害者も外国人も、どんな人でも来られる。代表はブタを2匹飼っているし、ネコもいる。カオスですが、『遠くの親戚より近くの他人』の場となっています」と、案内してくれた岩本茂さんは言う。
六間道(ろっけんみち)商店街の一角に、空き家再生の事業を営んでいた代表の首藤義敬さんが2017年に開設した「介護付きシェアハウス」。6階建てで、上階は高齢者の住宅だが、1階を地域に開放しており、子どもも遊びに来る多世代ごちゃまぜの居場所、として知られる。メディア取材も多く、「30(さんまる)」という映画にもなっている(文京区内で自主上映会を企画中。詳細後述)。「カオスから産み出される希望」とか、首藤さんの「違和感は3つあればどうでもよくなる」といった言葉を聞いて興味を持ち、訪ねてみた。

岩本さんはもともと大手事業者の介護施設で働いていた介護福祉士だ。首藤さんと出会い、共鳴して、はっぴーの家ろっけんにやってきた。名刺には「遠くのシンセキより近くのタニン」「『家族より家族』なカンケイが本当にある」と書いてある。「こうなったらいいよね、と思うことでも、身内だと感情的になってできなかったりする。他人が介在することで、潤滑油になり、予想していなかったハッピーな形や景色がみえる」という。
たとえば、「旅行事業」。「今日はご夫婦で大阪万博に行っているチームがあります」。55年前の大阪万博も行ったことがあるといい、95歳の夫が行きたいと言ったので、一緒に楽しもうという話に。夫には、過去妻と一緒に過ごせない時期があったことを申し訳ないという思いがあり、サプライズで指輪と手紙を贈ることになった。夫だけでは気恥ずかしくて実現できないことを、スタッフの介在で実現。

妻が末期がんで福島出身の夫婦がいた。2人が初めて出会った会津若松に行きたいという希望を、片道12時間かけて車で実行したことがある。名付けて「冥土の土産ツーリズム」。夫婦の息子は乗り気でなかったが、主治医は「レッツゴー。注:ゴールデンウィークは渋滞するから避けるように」という粋な診断書を書いてくれた。妻は真っ赤なドレスを着て車イスに乗り、夫は緑色のスーツを着て目立ったので、現地でも人が集まってきて、にぎやかな旅行になったそうだ。漫画家でもある夫が描いた絵が飾ってあるが、楽しかったことがうかがわれる。その後、出身地の相馬でよく登山をしていたことから、はっぴーの家の近くにある山にも登った。妻はその2日後に亡くなったそうだ。
「ここでは死は日常です。今のうちにやれることをやろう、という思いがあるので、1カ月後の計画はない。『今』です。スピード感がある」。岩本さんの肩書は「ケアマネジャー・葬儀委員長」。葬儀の企画も手掛ける。ハッピーな送り方ができたらと考えている。「昨日亡くなった方の葬儀の打ち合わせをしてきたところで。お祭りが好きだった方なので、やぐらを組んで、フランクフルトややきそばを出そうかと」

時に葬儀場にもパーティー会場にもなる1階の共有スペースには、午後小学生が来ることもある。コロナ禍で子どもたちが施設内に入るのを遠慮して駐車場で遊び始めたから、駐車場の半分にソファやテーブルが置かれ、子どもたちだけでなく、行き場のない10代の憩いの場にもなっているとか。大きな業務用の洗濯乾燥機も置かれており、コインランドリーとしても使えるらしい。
はっぴーの家ろっけんの運営会社は「おせっかい不動産」も営んでおり、近隣には「ハナレ」があって、独り暮らしをしている高齢者もおり、はっぴーの家ろっけんに食事しに来たり、遊びに来たりする。共有スペースの一角でおせっかい不動産のスタッフが、おばあちゃんの相談に乗っていた。1カ月のお金のやりくりや、たとえばスマホに余計な機能がついていたら解約するといったお手伝いをするという。
上階に高齢者の居室は40室ある。近くに長田港があるので、1階のテーマは出会いと別れの場でもある「港」。2階は昭和をイメージ、3階はアジア、4階はアメリカ、5階アフリカと、階ごとにテーマを決めた内装になっている。港から旅に出るという趣向だ。各階にはミニキッチンと共用スペースがあり、スタッフの休憩場所や入居者の団らんの場であると同時に、ここもまた葬儀会場になることがあるそうだ。入居者の家族や、遺族による「スナックEZOC(イーゾック)」も立ち上がった。家族との関係は、本人が亡くなったあとも続くという。自然発生的に家族同士の交流の場ができたそうだ。

岩本さんは、「仕事に来ている」という感覚がないという。「一緒に生活している感じ。かかわるうちに家族みたいになっていく」。スタッフの求人は出していないのに、一般企業の枠組みに違和感を覚えてきた人や、悩みを抱えた若者などがやってくる。「ここにいると自分の悩みがちっぽけに感じるみたい」。介護や福祉の仕事と無関係だった人が多いが、介護の資格を取ったり、宅建の資格を取ったりする人もいる。「介護を通せば何でもできる」。たとえば歌が好きな人や、飲食で働いていた人がいれば、その人を通じて飲食店やDJイベントの開催も、実現可能だ。

忘れられない葬儀がある。インド人で、息子はニューヨーク、娘はニュージーランドに住んでおり、生前は家族に「大きな木のような存在になりたい」と語っていたそうだ。そこで山から木を伐ってきて柱を大きな木の幹のように仕立て、思い出の写真を飾った。通夜には交流があった子どもも、外国人も、ご近所さんも、たくさんの人が集い、故人との思い出を語り合った。それはまるでパーティーのような葬儀だった。「ここにいると、見たことのない景色をいくつも見られる。次はどんな景色がみられるかな、というのがやりがい」と岩本さんは言う。
はっぴーの家ろっけんの日常を描いた「30(さんまる)」という映画がある。事業を立ち上げた首藤夫妻や、岩本さんら、撮影当時30代の運営メンバーに焦点を当てたコミュニティームービーだ。この映画の自主上映会が7月13日(日)13時から、茗荷谷駅前の跡見学園女子大学ブロッサムホールで開かれる。映画館並みの大画面で鑑賞できる。鈴木七沖監督も来場し、同大の観光コミュニティ学部教授や区内介護施設職員らを交えたトークライブも企画されている。子連れOKで、茶菓子やコーヒーの販売も。前売り1800円、大学生以下無料。当日は現金のみ2000円。詳細・申し込みはPeatexで。