「話を聞いてもらえる居場所が支えに」被災地の子どもたちと、復興支援を考えた

 勉強できる場があり、悩みを聞いてくれる友だちや大学生がいたから今がある――被災地の子どもたちは相次いで「学習支援」の場に感謝していた。東洋大学で1月、「子どもたちと一緒に考える被災地の復興支援」が開かれ、岩手県山田町や宮城県石巻市、福島県いわき市などの子どもたち約20人が参加した。
 東日本大震災子ども支援ネットワークの主催で、今年で5回目。年に一度、子どもの声を聴き、その思いをどう実現させるかを大人が考える場だ。3月には国会議員会館内でも集会を持ち、具体的政策に反映させていくことをめざす。事務局長の東洋大学教授でNPO法人こども福祉研究所理事長でもある森田明美さんは「過去をえぐるのは大変な作業。安心できる場と関係を構築し、子どもたちと一緒に支援のありかたを考えたい」と話す。
発表する南三陸町出身の大学生たち。関東や仙台の大学に通う
 宮城県南三陸町から参加した大学生4人は震災で家や家族を失った。初めてこの会に参加した時は中3や高1のときだった。「毎回、口ばっかりで何もやれてないと思ってきた」といい、昨年秋の連休に、関東の学生を連れて「ふるさとツアー」を実行したという。2泊3日で、避難所になった中学校や津波被害に遭った防災庁舎、多くの児童が亡くなった石巻市の大川小などをめぐり、ワークショップで自分たちになにができるかを考えたという。「私たちと、外部の人が感じるものは違った。でも一緒に協力することで、語り継ぐことはできると思う。今後もツアーは続けたい」
 東京電力福島第二原発がある福島県富岡町や楢葉町出身でいわき市から来た高校生は、「武道館が満員になるぐらいの人がいわきに移住し、避難指示が解除されても、帰還者は1割に満たない。町が復興していないから帰りたくても帰れない」と話した。郡山市に避難している子どもは「年に一度、千葉の海にレスパイトで行けることを目標に1年をがんばれた」と話した。
東洋大教授の森田明美さん
 岩手県山田町には、国際奉仕団体の日本支部「国際ゾンタ26地区」の寄付金で建てられ、軽食付き自習室を備えた交流施設「山田町ゾンタハウス」がある。NPO法人こども福祉研究所が運営しており、中高生390人が登録、1日平均20人ぐらいが来て勉強しているという。ここに通った高校生や大学生は「勉強に取り組める環境があって志望校に受かった」「家では話せない悩みを聞いてくれる友達や大人がいてくれて助かった」と口々に語った。
各地から集まった子どもたちは前日や当日朝もワークショップをした
 子どもたちは、これまでどのような支援を受けて、どう変わったか、もし次に震災があるとしたらどの支援が役に立つと思うかなどについて、大学生や大人を交えて議論した。
「他の被災地の人と話す機会は貴重で意味がある」
「物を送り続けられるより、人とのつながりの支援がほしかった」
「欲しいものを書き込める掲示板があるとよかった」
「楽しいだけのプログラムは、それだけでいい、みたいに感じて性に合わず、未来志向のプログラムに多く参加した。震災を越えて、輝ける自分になりたい」
 子どもたちからはしっかりとした意見表明があった。
子どもを中心に、大人は周辺で議論を聞いた
 大人からは、「つらい経験を前向きに変えて成長する姿に感心した」「震災後、子どもの居場所が大きな役割を果たした。普段から居場所づくりをしておくことが大事だと改めて思った」などという声が出された。森田さんは「聴いてくれる大人がいなければ子どもは語ることもないので、年に一度でも大事な場所になっている。保護的になりすぎず、子どもの持つ力を最大限引き出したい」と話していた。