文京区の名坂(東京坂道ゆるラン)古地図に無いアキバー西洋医学所は何処にあったか?

東京というところは殆んどの場合、江戸の古地図、切絵図を見ながら歩けてしまいます。江戸はもともと、湿地と台地が点々したところに町づくりをしたため、頭上を首都高が走りますが堀は残り、坂道は江戸時代と同じ名前でそのままの形で残っているか、自動車用に緩やかに長くしたものでも坂名は同じで、目安となります。

その「殆んど」という大多数に入らないのが、赤坂溜池と秋葉原です。

溜池は文字通り外堀の一部の溜池であったところを埋め立てた平地であり、池の中を歩いていると思えば、割と理路整然とした町割で切絵図でも迷うことはありません。

難儀なのは秋葉原です。
実は切絵図には秋葉原、アキバハラ、アキハバラも表記はありません(*’д’*)。そのような地名は無かったのです。

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※この記事は文京区の名坂(東京坂道ゆるラン)に掲載されたものです。