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投影された美しい絵、弁士が語り、琵琶が合いの手/戦後流行した「幻燈」をみる会、趣のある歴史的建造物で開催

「鉛の心臓がパチンと割れたのです」。弁士の語りに合わせ、琵琶もパチン、と鳴った。幻燈画「幸福の王子」の一場面だ。戦後の1950年前後、テレビがない時代に子どもたちが夢中になったという幻燈を、琵琶の音色と共に楽しむ「幻燈をみる~琵琶と共に」が12月14日、港区立伝統文化交流館で開かれた。

伝統文化交流館は昭和11(1936)年、芝浦花柳界の「置屋」「料亭」「待合」の「三業」を取りまとめる組合の事務所「見番」として建てられ、2階には桧の板敷舞台を備えた大広間がある。日舞や謡曲といった芸能の稽古場として使われてきたそうで、格子天井に風格があり、木枠に意匠がこらされたすりガラスに歴史を感じる。「百畳座敷」には椅子や座布団が並べられ、定員70人は満席だった。

琵琶の良さや流派による違いを知ってもらおうと、落語や講談、浪曲などと「琵琶寄席」を開いてきた薩摩琵琶奏者の川嶋信子さんが、幻燈画を所有している人がいることを知り、「現代の子どもたちに見てもらいたい」と、琵琶寄席番外編として企画した。

藤髙りえ子さん

前半は「昔話の琵琶語り」。2つの演目が披露された。「イワシ元年アジの月~(ジャ、ジャン)」。最初に語り始めたのは、筑前琵琶奏者の藤髙りえ子さん。「医者のタコが申すには~サルの生きギモ食わせれば~病はたちまち治りましょう・・・」。海の底の竜宮城の乙姫様が病気になり、サルの生き胆を食べさせれば治るとのことで、使いのカメがサルを言葉巧みに誘って竜宮城に連れてくるのだが。。。シャン、ゴン、ジャラランと琵琶の音に合わせ、時にコミカルな語りに聴衆から時折笑いがもれた。藤髙さん自らが作曲し創作したという。

川嶋信子さん

川嶋さんは薩摩琵琶で「分福茶釜(ぶんぶくちゃがま)」を演じた。「寺の和尚さん、お茶が好き~」ジャラジャララン。語りと琵琶が交互に競演。バチでたたくカチッという音や、弦をこするヒューッという音、激しいトレモロなど、いろんな音の表現が繰り出された。

片岡一郎さん(右)

第二部はいよいよ幻燈。プロジェクターの原型といえる投影技法だそうで、ランタンのあかりで影絵のように幻燈画を映し出すマジック・ランタン(幻燈機)が使われたという。ネガには25枚程度の幻燈画が入っており、台本も付属して売っていたという。投影する紙芝居、とでもいえようか。今回はパソコンとプロジェクターを使って投影した。

演じるのは、活動写真弁士の片岡一郎さん。映画「カツベン!」で実技指導、時代考証を担当し出演。ドラマ「いだてん」「ブギウギ」出演もした売れっ子弁士だ。「いつもは1920年代30年代の無声映画の弁士をしているので、50年代のは最近のものといっていいですね」と笑いを誘いながら、「三びきのこぶた」「幸福の王子」「風の又三郎」「ねずみのよめいり」を上演した。

最初の2つの演目には藤髙さんが筑前琵琶で合いの手を入れた。「幻燈画があって、弁士の語りがあって、琵琶なので、話の邪魔にならないよう、物語を盛り上げられるよう、弱くならず、主張しすぎず演じました」という。

「風の又三郎」では川嶋さんの薩摩琵琶の表現力が生きた。馬が疾走する場面では、馬の駆け足の音を表現。ヒュー、と風の音も出しており、「ドッコドッコ又三郎、ドッドド、ドドン、ドドンド、ドドン」とテンポよくしゃべる片岡さんに伴走していた。

幻燈は映画館のような公共の場で上演されるものではなく、家庭やコミュニティー内の娯楽だったという。だから台本が付いていて、幻燈機の操作も台本読みも1人でやるものだそうだ。「絵が美しいので、じっくり見てもらえたと思う。台本には今は使えない差別用語などもあるので、そういうところは配慮しながら読みました」と片岡さん。

川嶋さんは「大人も楽しめるけれど、子どもにも見てもらいたい。またできるといいなと思っています」と話していた。(敬)

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