イクメンと呼ばないで~男37歳、ただいま育休中(8)息子初、新幹線乗車にヒヤヒヤ/5月からは子連れ通勤

  3月下旬、親子3人で北陸新幹線に乗って金沢へ行きました。母方の祖父の一周忌の法事のためです。息子にとって初めての新幹線。ほかのお客さんの迷惑にならないようにと、往復とも車両の一番前の席を予約しました。
 息子を抱っこし、礼服、息子の着替え、おむつに離乳食とたくさんの荷物を持って乗車。息子が2時間半たえられるか心配でしたが、ひざの上でおもちゃで遊んだり、絵本を見たり、眠ったりと落ち着いていました。小心者の私は息子がときおり「あー、あー」と声を出すのが気になり、おもちゃをくわえさせたりしたのですが、妻は「泣いてるわけじゃないし、お話してるだけだから、そんなことしなくていいよ」とあっけらかんとしています。妻は多目的室で授乳し、多機能トイレでおむつを替えてくれました。
祖父の命日である法事の日に、息子は7カ月になりました。去年の初め、私は病床にあった祖父に妻の妊娠を伝えました。祖父はもう声も出せない状態でしたが、ゆっくり手をたたいて喜んでくれました。そんな祖父の遺影を息子に見せ、「ひいおじいちゃんだよ」と話しかけながら、命のつながりを感じました。
 外泊も含め息子にとって初めてづくしの2日間でしたが、きげんよく過ごしているように見えました。でも金沢から帰った夜、ひさびさのギャン泣き。「やっぱり相当ストレスだったんだね」と2人であやしたのでした。
 日常生活での大きな変化といえば、よく食べるようになったことでしょうか。離乳食を1日1回から2回にし、量も徐々に増えていきました。
 3月初めに参加した区の離乳食講座は、やっぱりパパの参加者は私だけ(隣に知り合いのママさんがいてホッとしました)。教えてもらったレシピは、ちょっと手間がかかるなあというのが正直なところ。でも、これから挑戦したいと思います。
 今は、朝9時ごろと、お出かけから帰った後の夕方4時半ごろに離乳食をあげています。毎回計量しているわけではありませんが、7倍がゆ、野菜、豆腐をそれぞれおよそ30~50グラムずつ。最近はバナナやリンゴ、ヨーグルトも食べさせています。
 離乳食を始めてから、うんちが見事に固形になりました。うんちを見た妻は「おとなと一緒だねえ」と感心した様子。母乳やミルクだけの頃は便が水っぽく、おむつから漏れてあちゃ~ということが何度もありましたが、もうその心配はありません。ただ、便の回数が減り、固すぎるきらいもあるので、麦茶などで水分補給を増やさなきゃと思います。
 息子の体調でいうと、顔と体の湿疹がなかなかよくならず、かかりつけ医に皮膚科を紹介してもらいました。皮膚科の先生はおなかを見て、「乾燥が強いですね」。スキンケアがおろそかになっていたかもしれません。これまでも使ってきたプロペト(ワセリン)のほか、ステロイド入りの塗り薬も処方してもらい、最低でも朝起きてからと夜のお風呂上がりの1日2回、できればお昼も入れて3回のスキンケアを続けています。
ステロイドに対する考え方は先生によって違うようです。NHK・Eテレの「すくすく子育て」では、塗り薬のステロイドはそんなに強くないから怖がることはない、と解説していましたが、お世話になっている先生はどちらかというとステロイドを使うことに慎重です。「1歳になる頃にはすっきりよくなることがありますから、あまり心配しなくても大丈夫ですよ」とその先生は言います。とにかく今は「清潔」と「保湿」を心がけたいと思います。
 前回、途中経過をお伝えした保活の件ですが、会社が枠を持っている会社近くの事業所内保育所に応募し、当選しました。後から聞くと、抽選は6倍弱の倍率だったそうなので運が良かったです。仕事に復帰する5月から利用します。
 ネックは電車での送り迎えです。朝晩のラッシュを乗り切れるだろうか…。申し込み前に、送りの時間帯に私が、迎えの時間帯に妻が電車に乗り、混雑具合を確かめました。人に押されるほどではないことを確認し、正式に申し込みました。私が視察した朝には、何人かのパパさんが抱っこひもやベビーカーでお子さんを送っていました。
 同僚には「それは大変だね~」と同情されました。来年こそは区内の認可保育園に入れることを願っています。
 春は別れの季節。3月末の午後、いつものようにシビックセンターのぴよぴよひろばに行くと、「今日、あの先生、最後らしいですよ」とママさん。なにかと私たち親子を気にかけてくれたスタッフさんが退職されることを知りました。利用時間が終わると、ママさんたちが先生の前に列をつくってお別れのあいさつをしています。私もお礼を言うと、息子を見ながら「○○ちゃんはいい子に育ってるよ~。こうやってパパが育てていると、将来絶対いいことあるから!」と最後まで励ましてくれました。ぴよぴよに通っててよかった~としみじみ思った瞬間でした。
先生、お疲れ様でした。そして、本当にお世話になりました。
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【筆者】
田村(吉川)一樹
1978年生まれ、福井県出身。会社員。2014年に文京区に転居。同区に住むのは学生時代以来12年ぶり