千駄木の団子坂下から、谷中霊園に向かって坂道をあえぎながら上る。谷中小を越え、お寺をいくつか過ぎ、台東初音幼稚園の向かいあたり、軒先に杉玉がある古い建物が、クラフトビール醸造所兼ビアバー「BUZZED LAMB BRWING(バズドラムブルーイング)」だ。「歴史ある場所から最先端のビールを、というのがコンセプトです」と店長の田村光さんは言う。
外からも店内からも、銀色に輝く醸造タンクがよく見える。なにしろ店舗のほぼ半分が醸造所だ。シックな店内は落ち着いていて、1人でも入りやすい雰囲気だ。まずは駆けつけ一杯。香り高い好みのタイプ。坂を上って汗をかいただけに、身体にすーっとしみる。
建物はもともと、酒屋「伊勢五本店」の店舗。昭和初期に建て替えられた築100年近い古い建物だ。伊勢五本店は徳川綱吉の時代、1706(宝永3)年創業の老舗酒店で、2006年に店舗を千駄木に移転、その後は自転車店が入っていたが、それも移転し、空き店舗になっていた。
「クラフトビールをつくりたい」と手を挙げたのが、伊勢五本店に勤めていた田村さんともう1人のスタッフだった。確かに、「酒屋から2人の男が飛び出した!」と公式Instagramの説明に書いてある。店名に「LAMB」とあるのは、2人が牡羊座だからだそうだ。伊勢五本店としても、プロジェクトを立ち上げて取り組むことになった。
田村さんはアメリカのRevision(リヴィジョン)というメーカーのHazy IPA(ヘイジー アイピーエー)を飲んだときの衝撃が、「沼の入り口」だったという。口当たりのなめらかさ、香りの華やかさ、抑えられた苦味、余韻。。。これがクラフトビールにはまるきっかけだった。いろいろ飲み始めると、すっぱいビールもあるし、果物などいろんな原料も使えるし、種類は無限にあって、まさにはまりこんだら抜けられない沼のよう。ちょうどそこに、空き店舗活用の話が浮上したのだった。

プロジェクトが始まったころ、伊勢五本店に客として訪れた醸造士の佐藤玲央さんと出会った。栃木のブルワリーで醸造していた経験があり、意気投合。プロジェクトの話をすると、また醸造に携わりたい、手伝いたい、とのことでプロジェクトに加わることになった。こうして立ち上げメンバーは3人となり、酒造免許がなかなかおりない中で、建物改装では板張りなど一部DIYをし「あせりながらあせらずやっていこう」と準備を進めた。
2024年8月1日、盛夏にオープン。谷中霊園が近いので、ひっきりなしに外国人観光客が通る。飲みに来る人は半分は観光客、半分は地元の人だという。女性が1人でふらりと入って来たり、仕事を終え、園に子どもを迎えに行って帰宅途中に寄ったという雰囲気の父子がいたり。地域の人は改築作業中からずっと気にしてくれていたようで、「やっぱりここはお酒だよね」と言いながら来てくれる人もいるそうだ。
2階はもともと住居スペースだったのを改装して席をつくった。床の間も欄間も建築当時のままで、意匠が美しい。「床の間のあるクラフトビール店です」と田村さんは笑う。
改装中に、古い看板を「発見」。1階の厨房脇に掲げ、2階へ上がる階段のあがり口にも、上がった先にも掲げてある。歴史の重みを感じる。
タップは、4つの自家醸造のビールに加え、2つほど国内の別の醸造所のビールをつないでいる。どんなビールをつくりたいのだろうと問うと「定番はない」という。「最新のトレンドを汲みつつ、型にとらわれないビールをつくる。最初に醸造した4種類のビールも、レシピは保存するが、それをまた再現してタップにつなぐことはないと思う」
とはいえ、醸造士の好みが反映されるのでは?「醸造士は2人だし、それぞれタイプが違うので、互いに尊重しながら多様なスタイルを生み出せると思う。常に新しいスタイルのビールが飲めるように」。ビールっておもしろい、という感動を伝え、おいしい、と言えるものを提案できればと考えている。
「クラフトビールは懐が深い。ジャンルも人の輪も、垣根を越えられる」。知らない人同士がワイワイ飲む、そんな空間をつくりたい。だから1階はスタンディングスタイルにしたかったが、「千駄木から坂を上らないと来られないので、疲れるだろうし、イスを置きました」
確かにイスがあるとうれしい。そしてつい、ビールもおかわり。おつまみも頼んでみたが、とてもおいしい。料理も自慢なのだとか。1人で飲んでいた女性客と「暑いですね」「こんな日はビールに限りますよ」などと、つい、会話が弾んだ。イスがあっても、おいしいビールと料理があれば、大丈夫。(敬)
BUZZED LAMB BRWING(バズドラムブルーイング)台東区谷中4-2-39
営業:水木日 12:00-20:00 、金土 12:00‐22:00 ※平日の15ー16時はお休み
定休:月火