数年前、知り合いのお嬢さんが、SNSを通して、「幽霊画展やってますよー、今日まででーす」と呼びかけているのを見つけ、全生庵に駆けつけて、初めて「幽霊たち」と対面した。幽霊が苦手で、ビクビクしながらこわごわ目を向けたのだが、なんと!幽霊の美しいこと、ふくよかな容姿、美女ぞろい。もちろん中には、怖い!作品もあるが、まるで「美人画展」を観ているよう。ただ、幽霊たちは、足がなく、目が微かに恨めし気だ。展示作品は円山応挙を始めとして、柴田是真、伊藤晴雨、河鍋暁斎、鏑木清方など名だたる画家によるユニークな幽霊画である。
全生庵(台東区谷中5-4-7)に所蔵される幽霊画は、この寺に墓所がある落語家、三遊亭円朝(1839-1900。江戸末期から明治にかけて活躍した落語家)がコレクションしたものだ。全生庵では、毎年8月に「円朝まつり」が開催される。11日の「円朝忌」には、落語家による盛大な供養の会が行われ、また、8月1日~31日までの一か月間、「幽霊画展」を開き幽霊画を特別公開している。コレクションは、円朝の墓所がある全生庵に50幅所蔵され、毎年そのうちの30幅が展示されている。
円朝は、怪談噺、人情噺を得意として、「牡丹燈籠(ぼたんどうろう)」「真景累ヶ淵(しんけいかさねがふち)」「死神」「文七元結(ぶんしちもっとい)」など、多くの名作落語を創作したが、怪談創作の参考に数多くの幽霊画を収集していた。その数は他には類を見ないといえよう。
今年の展示の特徴を全生庵執事、本林義範(ぎはん)さんに伺うと、「円朝コレクションのみ。柳家小さん師匠寄贈の伊藤晴雨の幽霊画などはかけてなくて、円朝コレクションのみというのが特徴」だそう。そしてちょっと笑いながら、「トートバッグも今年新発売です」とグッズ販売の宣伝も。「幽霊画集」、絵葉書、タオル、Tシャツなどいろいろある。円朝自筆の髑髏(どくろ)がプリントされた円形の団扇は受付で配布されていた。
展示作品の撮影はできないので、いくつか気になった作品をあげてみたい。落語や歌舞伎、講談好きなため、ちょっと偏りがあるかもしれないが、悪しからず。
円山応挙画「幽霊図」。とにかく美しい。おどろおどろしさは全くなく、ふくよかさ気品の良さを備えている。足がなく目が恨めし気でなければ、幽霊画とは思えない。涼やかですごい美人であるがゆえむしろ怖い。
鏑木清方画「茶を献ずるお菊さん」。皿屋敷お菊の伝説は、播州姫路、摂州尼崎、江戸牛込、麹町など各地に伝わっている。お菊は固有名ではなく、主家により惨殺される不幸な下女たちの通称ではないかといわれる。画は、盃台に蓋つき茶碗を乗せて茶を献上する女性だが、頭を深く下げているので顔は見えない。ふくよかな黒髪が、女性が美人であることを示している。ところが、白い腕、指先へ視線を移していくと、異様に瘦せ細り角張って血の通わない死んだ指であることに気づく。一挙に怖さに襲われる。
尾形月耕「怪談牡丹燈籠図」。場が谷中の怪談噺。墓場から幽霊おつゆさんが女中およねを伴い、恋しい新三郎を夜中にたずねていく場面が描かれている。たった15歳で死んだおつゆさんが、下駄をカランコロンと鳴らして新三郎の家に近づいていく情景は、かわいい少女おつゆさんとの対比で、怖さでいっぱいになる。円朝は、足のない幽霊に下駄をはかせて、幽霊が近づいてくる実感を臨場感あふれる聴覚で体験させることに成功したという。カランコロン カランコロン。
あとは観てのお楽しみに。
全生庵執事、本林さんのお気に入りの画は?「三遊亭円朝髑髏図自画賛です」。本林さんは、寺を創建した山岡鉄舟の研究をしている。「鉄舟は晩年、禅を修め道場としてこの寺を建てたのですが、円朝は、禅を通して鉄舟に師事していました。鉄舟は円朝に、禅を修めることが『無舌』(舌で語るのではなく心で語る)を習得する唯一の道と説き、円朝は習得し芸に生かしていきました。鉄舟さんとのつながりが見える、この円朝さんの自画賛が特に好きですね」。円朝の墓石には、鉄舟の筆により「三遊亭円朝無舌居士」とある。
幽霊画は、なんだか不幸を呼びそうな気がするが、実は、魔除け、泥棒除けの役割があり、家を守ってくれるともいわれる。「足がない」というところから、お金が出て行かないということも。酷暑の中、全生庵に赴いて幽霊画を見たら、ゾクゾクすること間違いなし。(稲葉洋子)
全生庵 幽霊画展 台東区谷中5-4-7
2023年8月1日〜31日 10時〜17時(最終入場16時半)拝観料:500円