Close

「ケ」の場に祭りを持ち込む/上野桜木の有形文化財・市田邸で演劇公演「ゴン太のクリスマス」

台東区上野桜木に、国登録有形文化財「市田邸」がある。東京芸術大学から道をはさんで向かい側にあたる。市田邸は、谷根千の地域ではよく知られている。有形文化財ではあるが、コロナ前は地域の文化的催しには貸し出しをしており、演奏会やお茶会、作品展示会などが盛んに開催されてきた。

大人に向けてだけでなく、地域の子育て団体にも貸していた。「わらべうたcafé」やワークショップなどが行われ、子どもたちは、座敷や縁側に座ったり、庭の飛び石を楽しんでいたり。コロナ禍で現在は控えめにしているが、正面玄関から一階の八畳六畳のお座敷と流しを貸し出している。貸し出しのない部分は住居でシェアされており、蔵もある。

市田邸のパンフレットによれば、江戸時代、上野桜木には寛永寺の子院が建ち並んでいたが、明治の中頃から土地の分譲を始め、芸術家や文化人が住まいを構える屋敷町となっていったという。市田邸は、明治40年、当時日本橋で布問屋を営んでいた初代市田善兵衛によって建てられた。戦後は東京芸術大学音楽部声楽科を中心とした学生が下宿し、30名程がこの家から巣立っていったそうだ。

「平成13年、地域や東京芸術大学の有志が集まり、市田邸を借り受けることを機にNPOたいとう歴史都市研究会を立ち上げ、市田邸と定期借用契約をして活用を始めました。以来、若い世代がシェア居住をしながら日常の維持管理をし、1階座敷を芸術文化活動の拠点として活用を行っています」とある。

ここで演劇を上演した劇団「さんらん」の舞台「ゴン太のクリスマス」を11月に観に行った。庭も劇の装置のひとつ。木に飾られたクリスマスツリーに目を奪われた。庭での会話があり動作があり、座敷だけでなく庭も舞台空間だった。

小学5年生のゴン太が、奥秩父の古民家でひとり暮らしをしている。友達は狸と河童。12月22日、突然、入院している「おじさん」が帰ってくる。血のつながらない親子と仲間達による、クリスマスとお別れのお話。死ぬとわかっていて、病院に戻る「おじさん」。ゴン太が「お父さーん!」と、去っていく「おじさん」に叫ぶ姿がせつない。

「さんらん」は、6年前、作/演出の尾崎太郎さん、制作の本多弘典さんが立ち上げた。「本多とぼくは、ある新劇系の劇団に15年間いたのですが、新劇の劇団でではなく、自分たちでやっていきたいなと思って」と尾崎さん。都内を拠点とし、ホールはもちろんだが、いろいろな古民家を使い、演劇公演を展開してきている。今回の公演は14回目だという。

市田邸を選んだ理由は、「ここで今も生活している人たちがいて、建物も庭も生活の一部、日常の空間で、『ハレ』と『ケ』で言ったら『ケ』の部分ですよね。その、日常の空間に演劇というお祭りを持ち込むように舞台を作るのがとても好きで」という。民俗学や文化人類学において、「ハレとケ」という場合、ハレは儀礼や祭、年中行事などの「非日常」、ケは普段の生活である「日常」を表している。

「『さんらん』の俳優さんは、ぼくより年配の俳優さんと30代の俳優と2人だけなんですけど、客演の方も含めて、僕が素敵だと思う俳優さんが、舞台上で役として心の交流をする、その時間と空間を生でお客様と共有したい。それには、こういう日常が感じられる古民家という『ケ』の場がかなり適している」と感じているという。温かみのある場所、地域のみんなが集まる場所、そういう場所に祭を持ち込む。「たとえば公園とかでもやってみたい」

「既成の台本よりも、今は、尾崎が書いたものを中心にやっています。俳優さんに合わせて、この人だったらこういうお芝居がいいかな、今回はこの人にこういう役をやってほしいなとか、自作であったら柔軟に作れる。だからしばらくは自作でやろう」と思っている。今後の展望としては、仲間を増やして、お客様を増やして、少しでもたくさんの人にみていただき、活動を広げたい、とのことだ。(稲葉洋子)

「さんらん」2月公演

第15回公演「雲雀温泉遭難記」

2023年2月22日~26日 「アトリエ第Q藝術」(世田谷区成城)

市田邸(台東区上野桜木1-6-2)


Copyrights © 2007-2015 JIBUN. All rights reserved.
error: 右クリックはできません。