「金星湯という名前はね、うちの父の星野の星、お世話になった同郷のお風呂屋さんの金子金平さんの金から取ったんです」。北区の金星湯(王子4-1-3)のおやじさんはしゃべり出すと止まらない。「日曜日のモーニングをもう9年もやっていてね。今日は北京ダックを出したんだけど、作るのが大変だったね。私はもう84歳なんだよ」

笑いながらおやじさんが話す脇を常連さんたちが出たり入ったり。2月22日、金星湯から北区滝野川の稲荷湯まで銭湯を巡りながら歩く「せんとうとまち歩き」が開かれた。

「一般社団法人せんとうとまち(以下せんとうとまち)」の主催。せんとうとまちは北区の政策提案協働事業で2023年度から3年度、「わたしのせんとうとまち」プロジェクトを展開しており、区内の銭湯を巡って銭湯と周辺のまちの記憶集めをしてきた。その集大成として、「せんとうとまち新聞」21編を発行し、2月28日まで、王子駅前の北とぴあ1階エントランスで展示、配布している。期間イベントの一環として、まち歩きやトークイベントも開かれた。

まち歩きのガイドを務めたせんとうとまちのサム・ホールデンさんは「区内銭湯22軒を取材し、銭湯の常連さんや地域の人に思い出を語ってもらうワークショップを開きました。その結果を『記憶地図』という形にまとめ、まちを可視化しています」と話す。金星湯の目の前には今は公園になっているが、王子製紙や十条製紙といった製紙工場や町工場へ続く貨物線が走っていたという。かつて銭湯の周りは、まるで門前町のように商店がたくさんあった。銭湯巡りは、まち巡りでもある。

京浜東北線や新幹線などが行き交う線路にかかる跨線橋を渡り、名主の滝公園の前を過ぎ、王子稲荷神社を上がって台地へ。「サウナ」の文字が目に飛び込んでくる。「かが浴場(王子本町2-23-9 2階)」だ。「ここは廃業した加賀浴場を、銭湯の再生事業COCOFUROが引き継いだ温浴施設。加賀浴場の経営者はコインランドリーを銭湯で初めて手掛けた人で、釣り堀もあってワニを飼っていたそうです」。お隣にあった豆腐屋の子は銭湯をわが家のように使っていたとか、子どものころよく釣り堀に通っていた人が、釣り堀のあった場所に中華料理店を開いているとか、面白いエピソードがたくさん。

そこから王子駅前の飛鳥山公園方面へ下り、石神井川にかかる音無橋を渡る。実はこれ、お茶の水の聖橋の設計者と同じ人が設計したそうだ。橋の全体像が見えにくいが、ちらりと見えた姿は確かに、そっくりだった。また台地へと上がると、「国重要文化財 旧醸造試験所第一工場(赤煉瓦酒造工場)」と掲げられた立派なレンガ造りの建物が現れた。「滝野川という地名のとおり、滝がたくさんあったらしいです。この先、滝野川3丁目から7丁目にかけては、戦災で焼け残ったところなので、古い道とかまち並みが残っています」とサムさんが解説する。

「飛鳥山温泉(滝野川2-43-2)」は「ばんば商店街」の入り口にある。「あれ?この入り口に合った看板が、なくなってる。松本零士先生のゆるキャラが描かれていたのに」。せんとうとまち新聞の写真とイラストを担当した岡本茉莉さんが驚いて声をあげた。つい最近、撤去されたのかもしれない。ところどころにお店があるけれど、商店街、という感じではない。「すりに遭うと言われるぐらい混雑した商店街だったそうですが」。サムさんが掲げる「記憶地図」には、花嫁行列の写真も残っていて、往時のにぎわいを記録している。

800年の歴史があるという滝野川八幡神社から延びる滝野川八幡通りも、かつてはにぎわった商店街だったそうだ。しかし今は開いているのは数軒といったところか。一番はずれの入り口がわかりにくい場所にあるのが「滝野川浴場(滝野川3-17-5)」。ここは解体業もやっているため、廃材を燃料にしているという。せんとうとまち代表の栗生はるかさんは「ここは内装もおもしろくて、富士山のペンキ絵はもちろんのこと、洗い場に池があるんです。そこに金魚が泳いでいて、3.11の震災のときは飛び出したそうですが、おかみさんが池に戻したそうです」と思わずコメントしていた。首都高中央環状線の脇にそびえる滝野川浴場の煙突は堂々たるもの。

1時間半近く歩いてようやくゴールの「滝野川稲荷湯(滝野川6-27-14)」へ。旧中山道近くにあり、宮造りの建物は風格がある。創業は1913(大正2)年、現存する建物は1930(昭和5)年に建てられたもの。映画「テルマエ・ロマエ」など映像作品のロケ地にも使われてきた。せんとうとまちによる調査活動を経て2019年に登録有形文化財に認定された。

稲荷湯に隣接した築100年を超える二軒長屋も認定され、海外の助成金を得て耐震補強と再生工事が行われ、現在は湯上がり処兼地域サロン「稲荷湯長屋」として活用されている。

まち歩きのあと、長屋で、北区の銭湯を取材してきたスタッフによるトークイベントがあった。現役の銭湯は22軒あるが、せんとうとまち新聞として取り上げられたのは21軒。それぞれが思い出深い銭湯について語り、参加者は21枚のせんとうとまち新聞をあれやこれや見ながら聴き入っていた。

28日は北とぴあ1階エントランスでせんとうとまちギャラリートークが、11時、12時、15時の3回、各20分ある。予約不要。先着10名。また、「王子界隈編」と称した展示が、「豊島湯(北区豊島3-19-7)」のコインランドリーで3月1日まで開かれている。「ぜひ入浴ついでにご来場ください」とのことだ。最新情報はInstagramやFacebookで発信中。(敬)

